3章-11寄り添う冬

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「…あ、母さん。涼だけど。年末…そっちに顔出すよ」  次太郎の屋敷から帰って来た涼は、貴良がお風呂に入っている隙に自分の母へ電話をしていた。  いつもなら、母の方から掛けて来るついでに、年末年始の話をしていたのだが、今回は自分から掛けた。 「貴良、妊娠したんだ。来年の7月に生まれる予定」 『まぁ~!ホント?!やっと孫の顔が見られるのね!!』  予想通りのキンキンと弾んだ声が、電話越しに涼の耳に突き刺さる。 「そっちに行く頃には悪阻も治まっていると思うけど…泊まらないかも」  対照的に涼の声は低く穏やかだ。 『あらそう…。体調は?ご飯は食べれているの?来るとき、またエビチリ作っておくわよ』 ――貴良の好物をいつ教えただろうか…?  涼は実家に貴良を連れて帰る度に、テーブルにエビチリが載っていたことを思い出す。  そう言えば、両親は甘い物を食べないのに、ケーキだのプリンだの、杏仁豆腐だの…貴良の好きな物が用意されていた。  仕事納めの後、家の掃除や買い出しをして、次太郎の家にも顔を出し、2人が涼の実家へと行ったのは大晦日。  結局、強引な母に押し切られるように、1泊して元旦にお雑煮をみんなで食べてから帰ろう、ということになった。  台所で蕎麦を茹でいた貴良に、涼の妹が話し掛けてきた。  齢の離れた涼の妹は今年、全寮制の高校に入学した。天王館高校やソフィア学園ほど偏差値は高くないが、αが多く通い、Ωは入学できないと言われている全寮制の高校だ。  妹も中学校の第二性検査でαと判定されていた。  親には、 「お兄ちゃんみたいに高校生で突然、運命の番に遭遇するのは嫌だ」  と言ったらしいが、本心は、 「αだからって過剰な期待を押し付けられたくないから」  ということで、家を出たかったという。 「寮に入っていると、朝から晩まで勉強勉強なんだけど、それなりに充実しているよ!お友達もできたし」  と、「学校はいかがですか?」という貴良の問いに、イマドキの女子高生といった雰囲気の妹は答える。  お嬢様な雰囲気は全くない。それが貴良の目には新鮮に映る。 「お鍋、噴かないように見ていてもらえますか?私はネギを…」  と、貴良に纏わり付いて話しかけてくる妹に仕事を振り、年越し蕎麦の準備を進めていく。  母は買い物に出掛けていた。  涼は父と2人で、高い所の掃除をしている。身長の高い涼が帰ってきたらやってもらおうと思って、取って置いたという…。 「お母さん、貴良ちゃんに酷い事言ったって、ずっと気に病んでいた。それでも素直に謝れなくて。…ごめんね。お母さんのこと、許さなくてもいいけど、たまにはこうして元気な顔見せて」  噴いてきた鍋に水を差して、妹はそう言った。  謝れない母の代わりに、「ごめん」と伝えるためにさっきからこの子は自分の側に居たのだろうか…?  きっと、この子が産まれたら、そんなこと気にしないで普通の家族になれるかもしれない…。  貴良は鍋を見つめる妹の横顔をチラッと見て、ネギを小口切りにしていく。  酷い事…。ずっと忘れもしない言葉。でも、もう忘れてもいいじゃないか…と貴良は思っていた。 「…何のことでしょう?…来ますよ。それに、孫の顔を見に……来てくれても構わないですし。あ、場所がα特別居住区内になってしまいますので、来る時は連絡をいただかないと入れませんが」 「うわぁ!うっそ?!私も入っていいの?」  妹のテンションが急に上がる。普通のαでも住むことが難しいと言われる、特権階級のαでなければ住めない地域だ。 「住民と一緒であれば、入れます」 「1度入ってみたかったのよ~!」  ミーハーな妹のリアクションが、可愛いなと思ってしまう。  涼の母は、妹に「αなんだから!」という言葉を掛けるのは止めたのであろうか? 「ただいま~。いや~、寒かったぁ!!雪降りそう!涼、暖房の温度上げてくれる?貴良さん、寒かったら言ってよ~」  母が帰ってきた途端、キンキンとよく響く声が聞こえた。 「母さん、コート脱いで、手を洗ってうがいしてから貴良に近づいて」  涼は暖房の設定温度を上げ、慌てて母を玄関に追い返した。 「ああ~もぉ~、はいはい。あ、これ杏仁豆腐。新しくできたお店のでね、美味しいって有名なのよ~」  洗面所に移動しながらもずっと喋っている。  涼が使っていた部屋は、物置部屋と化していたが、涼と貴良が泊るということで、片づけられていた。  涼が使っていたベッドに貴良は横たわり、涼はベッドの下に布団を敷いて横たわる。 「なんか……今までの集大成みたいな1年だったね」  妊夫が寝不足なのはよくない!と言われ、大晦日なのに早くも部屋に追いやられてしまった2人は、横になったまま喋る。 「あれから…パニックも起こさないしな。将恒(お兄)さんとは連絡を取り合っているのか?」 「…この前、仕事で会ったから、妊娠したことは伝えたけど……別に。西園寺の次男だったことは…あまり知られない方がいいと思うんだ。お父様のためにも、この子のためにも。だからと言って、将恒兄さんを拒否するのも変だし……普通に接する」 「そうか」  貴良が涼を見下ろして言うと、涼は仰向けになり天井を見つめる。 「お義母(かあ)さんも…、俺に『汚らわしい』って言ったの、気にしていたんだな。もう10年だし、なんか普通に嫁姑だし…もういいやって感じ。子どもが生まれたら、たまには……家に呼んでやれよ」 「…?」  涼は驚いて、顔を貴良の方に向ける。 「孫ができるの、楽しみだったんだろ?」 「嫌じゃないのか?」 「…うん。気にしているのは涼の方だろう?」  αらしいαになることを求められ続け、両親に嫌気が差しても縁を切ることは出来なかった両親…。 「…なんか、今の方が普通に親子やっている感じ。中学高校生の頃はこの家に居るのが息苦しかったな~。父さん達、今はあまり本家の集まりに顔出していないんだって。自分達には自分達にあった生活があるって…。掃除しながら言っていた」 「お母さんも…ずっと謝りたかったけど言い出せなかったって。…許せなかったら許さなくていいって……。確かにあの時はショックだったけど…、別に今はもう…」  貴良は枕の端をモジモジと弄る。  涼は横向きになり頬杖をついて、貴良を見る。  そして、 「そっち行ってもいい?」  と、1人で寝る寂しさを口にした。 「狭いからヤダ」  だが、貴良は断る。 「1人で寝たら寒いじゃん」 「布団からはみ出た方が寒い」 「…」  涼は貴良と一緒に寝ようとしたが諦めた。  確かにシングルベッドに男2人は狭すぎる。 「10年前、涼は無理矢理番にしたって気にしていたけど、ああでもしなかったら踏ん切りも付かなかったし…、手術してΩでいることをやめていたら、こうして涼の赤ちゃんを授かることもなかったんだよね」  涼が諦めて仰向けになると、貴良はポツリと言った。 「Ωでよかった?」  涼は目を閉じ、眠ろうとしながら貴良に問う。 「うん。涼のΩでよかった」
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