1章-5 夢うつつ

4/13
前へ
/260ページ
次へ
「こちらが蒼様の新しいスマホです。今までのは解約済みです。連絡先等のデーターは残してありますので、新しい方に登録しなおしてくださいね。SNSのメッセージがかなり溜まっているようですが」  夕食の時間に恐る恐る貴良にスマホの行方を聞くと、食後に新しいものと今までのものを渡された。  新しい方にはGPSや、Ωの体調管理用アプリ、東郷や貴良、会社の連絡先などが既に入れられている。 ――僕…これで管理されちゃうんだ……。  憂鬱な気持ちで、渋々受け取る。 「必ず持ち歩いてくださいね。それがないと、万が一の時、助けに行けませんから」  蒼の心理を読み取ったかのように、貴良が言う。 「まだご自身のことがよくわかっていらっしゃらないようですが、これだけはハッキリと言っておきます。絶対に1人で外をウロウロしないでください。1人で出掛けたら、襲われるか、誘拐されて売り飛ばされるか、αに捕まって監禁されると思っておいた方がいい」 ――いや、もうすでに監禁されている気が…。  と、一瞬思ったが、貴良のまじめな気迫に、黙って話を聞く。 「発情期間中じゃなくても、違法薬物として出回っているヒート誘発剤を使われたらヒートと同じ状態になります。それでなくとも体調がまだ不安定なうちは、いつどこで何があるかわかりません。いったんヒートになれば、体が思うように動かないのはもうわかりましたよね?蒼様は緊急用の抑制剤が使えない体です。だからこそ、行動には気を付けて、何かあったらすぐに連絡がつくようにしておいてください。緊急事態の時は、それがあれば蒼様の居場所がわかりますので、助けに行けます」  スーツ姿ではなく、エプロン姿の貴良だが、そう蒼に説明している貴良の姿は完全に仕事モードだ。 「緊急事態じゃなくても…居場所がわかるってことでもありますよね…」  蒼がモジモジと口籠る。 「…話、聞いていましたか?勝手に外をウロウロするなと言いましたが…」  貴良が眉頭を寄せて、蒼の顔を睨む。 「Ωの人身売買は、今でこそ違法になりましたが、数年前までは普通に行われていました」  貴良が語るのは、今まで蒼には縁のなかったΩの現実…。 「捨てられて戸籍を持たない野良Ωがゴミ溜めの中から抜け出すには、お金持ちに買われるのが1番手っ取り早かった。そうしたΩの救済措置だと言わんばかりにいつまでも人身売買が行われていたわけですが、実際のところ、オークションにかけられて高額で売り買いされていたのは野良Ωではありません。野良なんて、気まぐれに拾って帰れば自分のものになってしまいますからね」  そもそも戸籍を持たないΩの存在すら蒼は知らない。人間を拾って帰るってどういうことなのだろう…?オークションに人間を出品するって…? 「α至上主義に凝り固まった家が内密に我が子を処分したり、娼館で不要になったΩを処分するために行われていたんですよ」  …処分って……人間を? 「どこの馬の骨ともわからないΩよりは、出所のわかっているΩの方が、αを産ませるのに丁度いい…というわけです。優しく愛でてくれるようなαに買われればラッキーですが、そんな人はそもそもオークションでΩを買いません。買い取られた後の生活は…ほぼほぼ地獄です。その話が明るみになり、今では売った方も買った方も罰せられます。が、抜け道はいくらでもあるんですよ。未だにΩの人身売買はなくならない」  貴良の淡々とした喋りが、余計に怖い。 「男のΩは珍しくて希少価値が高く、若ければ若いほど愛玩として人気がある。蒼様のようなタイプが1番狙われやすく、オークションではかなりの高額で取引されます。人さらいに捕まって、誘発剤打たれて、グデグデのドロドロ状態にされてオークションに掛けられたいですか?」  蒼は力いっぱい首を振った。  小動物系の顔で可愛い、とはよく言われる。それが男子高校生にはとてつもなく嫌だったのだが、電車内でよく痴漢被害に遭っていたことを考えると、納得できなくもない…。 「αは自分にそんな身の危険が降り注ぐなんて心配をしなくていいので、こんな話をしません。自分は安全な場所にいて、能天気でいられる生きものですからね。αは守るといいながら、守り切れないときもある。結局は自分の身を自分から危険に晒さないことが1番です」  貴良にはαの番がいる。仕えている人もαだ。なのにαに対してどこか棘のあるような言い方…。でも、貴良はΩだ。αに言われるよりも、Ωに言われた方が危機感が身につまされる。 「…はい」  蒼はおとなしくスマホを受け取り、返事をした。  居場所がすぐにバレて嫌だな…と思ったのだが、よくよく見ると東郷の現在の居場所が蒼の新しいスマホで確認できることに気付く。  そのことに、少し安堵感を覚える。 ――ここが会社なのかな…?  東郷を示すアイコンが、オフィス街の一等地で止まっていた。  SNSのメッセージはほとんど、乃亜と日向とのグループメッセージと、雅からのものだった。  雅には『教科書と服、ありがとう』と、乃亜と日向には『Ωだった。しばらく休むからノートよろしくね』とだけ、返信した。
/260ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3251人が本棚に入れています
本棚に追加