1章-5 夢うつつ

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 月曜日になっても、火曜日になっても、東郷はマンションには帰って来なかった。  居場所は相変わらず会社とおぼしきオフィス街で止まっている。  まさかスマホを置き去り?とも思ったが、メッセージを送ったり電話をする勇気まではなかった。  午前中は比較的、体が楽なので勉強して過ごす。  発情期中といっても、常に発情しているわけではないようだ。  乃亜と日向が、授業のノートをメッセージで送ってくれるので、それを見ながら自分のノートに書き写すのだが…。  乃亜のノートはきれいで見やすい。しかし、日向のノートは殴り書きのようで読みにくかった。乃亜は午後になると美術科へ行ってしまうため、その時間帯のノートは日向が頼りなのだが…、 「はぁ?!読めねえー!!」  と、叫んでみる。しかも、計算ミスを見つけてみたり…。 『ひーちゃん、僕を試しているの?』  と、思わずメッセージを送った。  昨日も今日も、昼食を食べ終えた辺りから、徐々に薬の効きが悪くなって体が(うず)き始める。  そうなると、もう何もしたくない。ただベッドの中に潜り込んで、ひたすら自慰に(ふけ)る…。しかも、その行為自体に慣れてくる自分が嫌だった。  ヌイて気を失ったように昼寝をして…夕方になる。  そうすると、朝飲んだ抑制剤の時間から間隔が空いているので、次の抑制剤を飲むことができた。  抑制剤を飲みたくて、部屋からフラフラと出た。  リビングには貴良が居ると思ったが…、誰も居なかった。 ――買い物に出ているのかな…。  日曜日も月曜日も、火曜日も、部屋の主が居ない。  土曜日に感じた東郷の香りが薄くなっている気がして、蒼は寂しかった。  手を洗おうと、洗面所に向かう。  手を洗い、洗濯機の横に置かれたカゴに目が止まった。汚れた衣類を入れておくように言われたそのカゴの中に紙袋が入っている。午前中に見たときは、何も入っていなかったはず。  蒼は吸い寄せられるように紙袋を覗き込んだ。  入っていたのは白いYシャツ。サンダルウッドとベルガモットのような香りが鼻をくすぐる。  まだ抑制剤を飲んでいないのに、それを嗅いではダメだと思ったが、止められなかった。  紙袋の中から出すと、大きさと香りで東郷のものだとすぐにわかる。いや、香りで東郷のものだとわかるから、引っ張り出した。  …ドクッ!!  心臓が高鳴る。血液が熱をもって体を駆け巡る感触に、 「ハァ…ハァ…ハァ…」  と息が荒くなる。  貴良はもう帰ってくるのだろうか?ヌキたい…。部屋に行った方がいい?いや、もう無理、このままここで…。  ジーンズのファスナーを開け、下着を下げると、蒼の中心は精一杯上を向いていた。 ――昼もヌイたのにまたこんな…。  東郷の匂いに反応している自分がたまらなく悲しくなった。いや、東郷が居ないことが悲しいのか?そんなに会話をしたわけでもないのに、好きでも嫌いでも、何でもないのに、なぜ、こんなにも体が求めるのだろうか…?  東郷のYシャツに顔をうずめ、その場に横たわると、体を丸めて自分の硬くなったものを握る。土曜日に初めて自分ですることを覚えてから、これで何回目になるだろうか…。 ――会いたい…。  そう思ってしまうと、疼きは前だけでなく後ろも襲う。 「…ンァ!」  白濁を飛び散らせた途端、後ろに挿れられたい衝動に、身悶える。 「ア…!ア…!ア…!」  と、わめきながら足をバタつかせて、お尻を床に擦り付ける。 「もう…ダメ。もう…」  泣きながら、けしてそれだけはしない、と思っていたことをやろうと、後ろに手を回し、下着の中に入れる。  自分の割れ目をそっと下がっていくと、ドロッとしたヌメリに触れる。 ――?!  一瞬、何があるのかわからなかった。  だが、思い出す。  男のΩは直腸の奥に子宮を持つ。だから発情するとそこから大量の粘液を出して、尻が濡れる…。 ――Ωなんだ。僕は本当にΩなんだ…。  否応なしに突き付けられる現実と、東郷が1度も帰って来ない寂しさに、孔を指で貪りながら、ぐちゃぐちゃに泣き喚いた。 「アンッ!」  白濁を飛ばして、ひと際大きな声で喘ぐと、ようやく指を自分の中から放すことができた。  2回抜くとさすがに、スッキリしたのか、泣き声はすすり泣きに変わる。  人の気配に気づいて、顔を覆っていた東郷のYシャツをどけた。  そこには、抑制剤と水と、着替えとバスタオルを持った貴良がしゃがんで蒼を覗き込んでいた。 「ど…どこに行っていたんですか?」  自慰を見られた恥ずかしさよりも、貴良が居ることに安堵する気持ちの方が強かった。 「お昼寝中だったようなので、買い出しへ…」  安心したらまた、涙がこみ上げる。 「まずはお薬飲みましょう。起きられますか?」  貴良に支えられて、抑制剤を飲む。蒼が落ち着くまで、優しく背中をさすってくれる。  顔は泣きはらしてぐちゃぐちゃだし、下半身は出しっぱなし、そこら辺へ蒼の控えめな白濁が飛び散っているという惨状…。  だが、同じΩ同士。何があったかは察しが付くのであえて聞かない。 「落ち着きましたか?じゃぁ…シャワー浴びて着替えましょう」  そう言うと貴良は、いともあっさりと蒼の身ぐるみをはいで、バスルームへ向かわせる。  洗濯物を洗濯機に入れて回し、洗面所の床を掃除してしまう。  東郷のYシャツは、蒼の涙で濡れているものの、それ以外の体液はついていなさそうなので、紙袋に戻した。まぁ…別についていてもいいだろうけどよ!と貴良は思いつつ。  暖かいお茶をリビングのテーブルの上に用意すると、蒼がバスルームから出てきた。髪がベチャベチャに濡れたのまま。ソファに座らせ、貴良が丁寧に拭いて乾かす。 「大丈夫ですか?」  という問いかけに、蒼は力なく頷く。 「お部屋で休まれますか?」  髪を乾かし終えると、貴良は蒼に聞いたが、 「ここで横になってていい?」  と聞かれ、「どうぞ」と答える。  疲れ切った顔をした蒼が、ソファに転がった。  貴良はタオルを巻いた保冷剤を蒼の目元に乗せ、東郷の寝室に入って行った。  出てきた時には、枕を持っている。 「ハウスキーパーさんに替えてもらう予定が、キャンセルしてしまったので、先週の枕カバーまだ交換していなかったんですよね…」  と言いながら、蒼に渡す。  Yシャツよりも、もっと濃い東郷の香りが浸み込んでいる。  驚いて蒼は、貴良の顔を見た。 「一馬様が帰ってくるまでですよ」  と、唇に立てた人差指をあてて、「内緒」と合図する。  ソファのクッションを枕にして横になり、目を冷やし、東郷の枕を抱きしめた。側では、貴良が家事をしている物音がする。  さっきはあんなに東郷の香りで興奮したのに、今は安心する…。枕に残る東郷の香りをいっぱいに吸い込んで、いつの間にかウトウトと眠ってしまった。  昼間あんなにも寝ているのに、夜も眠れてしまうのが不思議でならない。  乃亜と日向が送ってくれる、授業内容や宿題のメッセージに一通り目を通すと、さっさと寝てしまった。  自分の枕に頭を乗せ、貴良が貸してくれた東郷の枕を抱きしめる。  発情期に入る直前、もしくは発情期中のΩが、ベッドなど居心地のいい場所にαの匂いが付いた衣類などを持ち込むことがある。何枚もの衣類を持ち込んで、もこもこに包まった状態になるため、巣を作っているように見えることから『巣作り』と言われる習性なのだが、これはΩ全員に見られるわけではない。  番を持った途端に巣作りするようになる人もいれば、抑制剤を中止して妊活モードに入った途端に始める人もいる。全くやらない人もいれば、1,2枚の衣類を持ち込んだだけで満足する人、毎回片づけるのに丸1日かかるくらい徹底的に作り上げる人もいる。  貴良は、蒼も巣作りをするタイプかもしれない…と、クスクス笑いを堪えて、可愛い寝顔を写真に収めた。
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