1章-5 夢うつつ

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『帰って来なかったら、俺が蒼様を抱く』  貴良が東郷にそんなメッセージを送ったのは、夜中の日付がそろそろ変わろうかという頃だった。  それと一緒に、東郷の枕をしっかりと抱きしめて眠っている蒼の写真が送られてくる。 「んんっ?!」  これは何の脅迫だ?!とスマホを見て、固まっている東郷に、残業に付き合っていた涼が「いかがなさいましたか?」と声を掛ける。  東郷が涼に、貴良から送られてきたメッセージを見せると、 「あ~…、申し訳ありません、うちの妻、タチもいけるので…」  と、真面目な顔で返事をする。  自分の感情を顔に出さない涼だが、家に帰っても妻が留守なのだからと夜中まで仕事に付き合わされている涼のストレスも、それなりに積もってきてはいた。 「え…貴良がタチの時、じゃぁ…お前は?」 「え?その質問、今必要ですか?」  涼が睨む。  貴良がそんな連絡をよこしてきたということは、蒼はかなり限界状態じゃないのか?その心配をしろよ、と言いた気だ。 「そろそろ、帰りましょうか。ご自宅までお送りします。朝は比較的落ち着いていらっしゃるんですよね?」 「…ん、あぁ…」  運命の番を探していて、いざ見付かってみると第二性もハッキリしていなかった男子高校生だったことに戸惑っている主は、いつまで自分の家を避けているつもりなのか…。  引き取って育てるつもりならそろそろ向かい合わないと、貴良が蒼を育てるなんて御免被りたい。  東郷が自宅マンションに着いた時には、日付は変わっていた。  5日目の夜を終えて、6日目になる。そろそろ蒼の発情期も終わるかもしれない。  初めてだから、短いのか長いのかわからないところがある。どこの会社も発情期休暇は1週間で設定しているため、大抵の人は1週間以内に治まるのであろう。  東郷が2人を起こさないようにそぉ~っとマンションの中に入ると、寝ぼけた貴良が客間から出てきた。  様子を見るだけ、と思ってついてきた涼の気配を察知したらしい。涼にガッチリしがみついて離れようとしない。しかし、話しかけてもごにょごにょ何を言っているかわからず、寝ている。 「お前も泊まっていけよ」  東郷はスーツを脱ぎながら涼に言う。  寝ぼけている貴良に「すまなかったな」と東郷が声を掛けると、涼は貴良を抱えて客間へ連れて行った。  東郷はそっと蒼の部屋のドアを開けると、音を立てないように気を付けながら蒼の顔を覗きこんだ。枕をしっかりと抱きしめて、スース―と寝息をたてている。  こめかみに軽く口付けをすると、ふわっとカモミールのような香りが脳の奥を刺激する。  まだ、完全に発情期を終えていないことを感じて、東郷はそっと部屋を出た。  来週1週間、貴良と涼は有休を取る予定になっている。  それまでに、蒼と2人で暮らせる関係を作っておかなくては。  貴良の発情期は、きっちり3ヶ月周期で安定していた。だから抑制剤が使えなくても、スケジュール調整をして、涼と共に休みを取りやすい。それでなくても、発情期が近付いてくるとイライラし始め、いつも几帳面に片付いている部屋が散らかりだし、涼の匂いが付いている衣類をベッドの上に集めて巣作りを始めるので、発情期が来るのがわかりやすい。  番になっているのだから、他のαを誘うようにフェロモンを振りまくことはないが、かなり重いヒートに苦しむので、絶対に休暇を取らせていた。  その貴良の発情期が予定通り来れば、来週。  本来なら、仕事を終えて帰宅し、涼にイライラあたりながら巣作りに勤しむ時期なのだが、無理を言って蒼の世話を頼んでしまった。  しかも、発情期中のΩの側にいると、自分の発情期まで誘発されやすくなると言われている。 ――今、ここで貴良に休まれるとツライ…。
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