1章-5 夢うつつ

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 次の日の朝は東郷の姿が無く、見慣れた貴良の姿だけ。  その姿も、今朝で最後かと思うと少し寂しい…。  たまにこうしてここに来て、ご飯を作ってくれるのだろうか?いろいろ話相手になってくれるのだろうか…?  一通りの家事を終え、ソファに座ってタブレットを触っている貴良の横に座る。 「スマホ、お持ちですか?」  と、貴良が聞くので、ズボンのポケットからスマホを出した。 「このアプリですか…」  と、タブレットを細長い人差指で指し示す。  蒼は、自分のスマホにも同じアプリが入っていることに気付いて、画面を出す。 「Ωの体調管理用アプリです」  蒼が貴良の手元にあるタブレットを覗き込む。  そこには体温と血圧、脈拍数や薬を飲んだ時間が記録されていた。 「今回はわざわざ計って入力しましたが、そんなことをしなくても自動的に計測してくれるセンサーの付いた首輪や腕時計を連動させておけば、勝手に入力してくれます」  「私のはこれで…」と腕時計を見せながら、自分のスマホを取り出す。  言われてみれば…貴良はずっと腕時計をしている。薄い布のようなものを巻き付けているように見えて、確かに小さな文字盤の付いた時計だ。 「勝手に体温と血圧、脈拍数、フェロモンの放出具合なんかも計って記録しておいてくれます。GPSになっていて、居場所は涼のスマホで確認することができます」  貴良のスマホを覗き込むと、一昨日あたりから体温の上昇とフェロモン量が増えているのがわかる。  発情期が近付くと、そういう風になるのかな?と思いながら、自分のスマホを眺める。そして、いつの間にかアプリに自分の数値が記録されていることに気付く。 「こちらのタブレットと、一馬様のスマホと情報を共有していますので、蒼様が入力していなくても、私がタブレットに入力しておけば記録されるというわけです。毎日計っていたでしょう?」  「…はぁ」としか返事のしようがない。 「一馬様が蒼様の首輪を用意されているかと思いますので…それをすれば、わざわざ計らなくてもよくなります」 「…首輪?!」  そうだ、学校に居るΩも乃亜も首輪をしている、ということを蒼は思い出す。    項を咬まれないように、望まない相手と番になることを防止する首輪がある。  番になる前のΩはそれを付けていることが多いが、Ωと知られたくない人は付けないこともある。付ければ項を守れるが、それと同時に自分がΩだということを示しながら外を歩くことになる。  乃亜はいつも、シルバーのバックルが付いた黒いリボンのような首輪をしていた。薄い布のようでいて、咬んでも引きちぎろうとしてもビクともしない特殊な布だという。αが歯を立てればそれなりに痛いが、咬みちぎれないので、歯形を付けて番にすることができないと言っていた。  高いものであれば、ずっと付けていても負担にならないものや、おしゃれなものもあるが、安いものになれば革製の「犬の首輪か?」と言いたくなるようなものまである。  高価な首輪はΩの家柄や、囲っているαの顕示欲も示す…。  なんて言われることもある。  東郷が用意するものなら…安いものじゃないだろうな、と想像し、身震いした。  これから、どんどん東郷一馬のものだと主張されるようになるのだろうか?  自分が自分ではなくなるような不安と、でも、少しだけ「俺のものだ」と主張されたい気持ちとが交錯する。
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