1章-5 夢うつつ

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「私は、人を好きになることがどういうことなのか、わからない。東郷の本家に生まれたからには、仕事も結婚相手も自由に選べない身だということは覚悟して生きてきた。……運命の番探しは、私に与えられた数少ない自由だったんだろうな」  皮肉そうに唇の端に笑みを浮かべた東郷の顔が、少し寂し気に見えたのは気のせいなのだろうか…? 「私の両親はαだ。母は私が3歳の時に運命の番と出逢って家を出た。今はその番とブライダル事業をやって成功している。父はΩの女性と再婚し番になったが、これまた運命の番と出逢って、再婚相手を捨てて失踪した。父が再婚した女性は私の母代わりとなって可愛がってくれたが、父に捨てられたショックで私が中学生の時に亡くなった。私は、運命の番によって生んでくれた母も、育ててくれた母も失った。それなら初めから運命の番と結婚すれば、誰も不幸にしなくて済むのではないか?運命で決まっているのなら、恋愛なんてしても意味がないのではないだろうか?と思って生きてきたのだが……。まさか、自分の運命の相手がまだ高校生だったとは、驚きだ」  とても悲しくて寂しいことを言っているのに、最後はフフッと笑い出す。  父親は東郷家が本気を出せば簡単に見つかったであろう。  しかし、祖父は父を探して後を継がせることを考えず、東郷一馬を次期当主にすると考えた。  そして、子どもの頃から、祖父に東郷家の当主になるべく厳しく育てられた。 「そんな自由の無い生活…嫌で反発していた時もあるが、自分の守りたい人を守るには金と力が必要だと思わされることがあってね。なら、東郷を丸ごと手に入れて、その力で自分の理想とする世の中にしていけばいいと思った。だから今、こうして当主をやっている」  蒼の目を真っ直ぐに見て、再び頬を両手で包むと、蒼の額に自分の額を押し当てて、 「金は腐るほどある。私には力もある。蒼のものだ。蒼が生きたいように生きるために自由に使え。αの子を孕むただのΩになりたくなかったら、遠慮なく使え。いいな、お前は緑川蒼だ」  と言って、蒼の口に自分の口を重ねて、抱きしめた。  蒼は驚いて体を引き離そうとするも、力強い東郷の腕に抵抗できなかった。  東郷の舌がゆっくりと蒼の口の中を侵略し、舌を絡ませてくる。  蒼はヒートではないものの、ヒートに似たゾクゾクとした感触が体中を駆け巡り、体をこわばらせる。  ゆっくりと口を解放されても、心臓がドキドキしていた。 ――こっ…これは、どういう意味なんだろう。  顔がカーッと熱くなり、目を合わせられない。 「明日は久しぶりの学校だ。早く休もう」  焦る蒼とは違ってひどく冷静な東郷の声が、蒼の耳をくすぐる。  蒼は頷いた。  そして、何を思い出したのか「あっ!」と言って、自分の部屋へ行き、枕を抱えて戻ってきた。  貴良に「内緒」と言われていたのに、戻すのをすっかり忘れていた。 「…借りてました……」  枕を抱えてモジモジする蒼が可愛らしい。顔がまだ赤い。  東郷は思わず抱き寄せて、 「寂しかったか?」  と、耳元で囁く。  蒼は黙って頷く。  すると、東郷に軽々と抱き上げられてしまった。  蒼が枕を抱きしめたまま目を丸くしていると、東郷の寝室に運ばれ、ベッドの上に置かれる。 ――えっ?!何?!待って、待って!どーゆーこと?!  慌ててベッドの端に逃げる蒼から、東郷は笑いながら枕を取り上げる。 「枕じゃなくて本人が居るんだから、本人と一緒に寝ればいいんじゃないか?」  ケラケラと笑いながらリビングのライトを消して、戻って来る。 ――一緒に寝る?!いーーーや、ムーリ無理無理無理無理…。  蒼は首をブンブン振って拒否するが、東郷は一向に聞き入れる気配はない。 「ほら、来い」  グイっと引き寄せられて、あっさりと東郷の横に寝かされてしまう。 「とっ…東郷さん?!」  声が上ずるが、 「一馬。名前で呼べ」  と言われ、そのまま一馬のベッドで一緒に寝る羽目になってしまった…。  蒼は、一馬の前髪と端正な顔立ちを眺めながら、 ――好きになった相手が、一馬さんだったら…番になってくれますか?  とは、思っても、口には出せなかった。
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