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貴良の発情期休暇が終わる前日に、涼は仕事に戻っていた。
そんなに表情が変わる人ではないが、疲れて元気のない顔をしている。
普通…有給休暇明けって、もう少し元気な顔をしても良さそうなものを…と思うのだが、抑制剤の使えない番の相手は……ゴニョゴニョ…(以下自粛)
「蒼様、貴良が休みの間、何もありませんでしたか?」
朝、涼が一馬を迎えに来て言う。
涼は貴良の発情期が終わるとすぐに仕事に戻るが、貴良は終わっても大事をとって1日長く休む。大抵はその発情期明けの1日で、ベッドの上に山になった衣類の巣を片付ける作業に追われるのだが…。それで取得可能な発情期休暇の1週間を使い切ることができた。
「大丈夫です。一馬さんが送り迎えをしてくれたり、ご飯を作ってくれたので…」
「それはようございました。明日は終業式で明後日から夏休みですよね?ご予定は…?」
「あ、夏期講習があるので、同じように送り迎えしてもらえると…」
「かしこまりました」
一馬が仕度している間に、2人で夏休みのスケジュールを確認していた。
「…個別懇談?」
涼がそう言って固まる。
「ああ、予定を空けて欲しい」
一馬が部屋から出てきて涼に行った。
「…それは……一馬様が保護者として行かれるのですか?」
驚いた顔をしている涼に、一馬は「当たり前だろう?」と返す。
「あっ!忙しかったら無理しなくても…!」
蒼が慌てて涼に言う。
「いえ、そういう意味ではなく…。学校に1度も保護者や家の者が来たことのない一馬様が、蒼様のためにはりきって学校へ行こうとなさるのが、なんか…不思議で」
と言って、蒼にフフッと笑いかける。その笑い方が、どことなく貴良に似ている気がした。夫夫って、一緒に住んでいると似てくるのだろうか…?
「この夏期講習最終日の、講習終了後はどうでしょうか?という話だったのですね。では、そこに仕事を入れないように調整しておきますので、小田先生にはその日にお願いしますとお伝えください」
涼がタブレットのスケジュール帳に、蒼の個別懇談の予定を入力する。
「あー……、あと、来週の土曜日、本邸に行くことになった。蒼の服を用意してくれ。……」
何かを言いかけて口籠る一馬に涼が、
「貴良にも来いと?」
涼がスケジュールを足しながら言うと、一馬は「その通りです」と首を縦に振った。
「貴良に伝えておきます。まぁ…本邸に行くなら、蒼様の護衛も必要ですしね。私は…一馬様の秘書として行けばよいのでしょうか?貴良の夫として行けばよいのでしょうか?」
「次太郎さんと悠馬が来るから…夫でいいんじゃない?」
「かしこまりました。…とうとう招集が掛かりましたか…」
その会話に、蒼は一馬と涼の顔を交互に見た。
「来週の土曜日、東郷の本邸で親族会がある。まっ、ジジィババァのご機嫌取りだ。お前の顔を見せろと。…大丈夫。親戚はほぼほぼ私の見方だし、貴良も悠馬もいる」
「大丈夫」は一馬が自分自身に言っているようにも聞こえた。
「叔父叔母、従弟たちと話をしてみると、自分の将来のヒントになるかもしれないな。まだ進路を決めていなかっただろう?学校の話や大学進学の話はいいが、番になる予定が当分ないことも、まだ子どもが生める体じゃないことも言わなくていい。…ただ、祖父母と使用人たちだけは気を付けてくれ」
蒼は頷く。
祖父母が居て、親戚が集まっても…、そこに一馬の両親はいないのだろうということは、今までの話から推測できる。
のんきに一馬との生活を楽しみ始めていた蒼は、現実に戻されたような気分だった。
――そうだ、僕は東郷家の当主の運命の番…。
一馬はまだ番になる気はないし、自分を選ばなくていいとまで言っている。大学にも進学させてくれるし、自分の好きなように将来を選んでいいと言う。
でも、それはあくまでも東郷一馬個人の気持ちであって、周りは自分に大学へなんて行っていないで東郷家の後継ぎとなるαを生ませたいと思っている…。
背筋がザワザワして、緊張しているのを気付かれたのか、
「そろそろ学校へ行こうか?今日は蒼の嫌いな運転手付きの社用車だ」
と、一馬がいたずらっぽくウインクして蒼に言った。
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