1章-8 溺愛

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 貴良が休暇を終えて戻ってきたその日は終業式だったが、翌週から夏期講習のため、学校がある日とあまり変わりのない夏休みだった。  シルバーのセダンで貴良に送迎されるのが、1番落ち着く。  一馬の2シーターの車に乗っていたせいで、終業式の朝はセダンの助手席に乗りそうになったが。 「秘書室のスタッフに頼んでおいたのですが、一馬様が送迎していたとは…。どんだけ溺愛なさっているんですかねぇ。パンケーキを召し上がっている、可愛らしい写真まで見せられて。何をのろけていらっしゃるのか、一馬様は…」  と、ブツブツ言いながらも、貴良の顔に安堵の色が伺える。  蒼は文系も理系もまだ決めかねて、どちらの教科も取っていたためにお弁当持参で朝から夕方まで学校に居た。  日向は経済学部への進学を希望しているらしく、文系の教科しか取っていないので、昼前に学校へ来て、午後の講習を受けて帰る。  もちろん、進学希望ではない乃亜は居なかった。  夏期講習は普段のクラスも、αもβもΩも関係なく、自分の必要な教科を受ける。  蒼の取っていた講習はαが多かった。   とはいえ夏休み中なので、αのお嬢様たちは海外へ短期留学やバカンスへ行ってしまう。αだけに認められている飛び級をするために、その準備をしに大学へ行っている生徒もいる。  蒼だって、αだったら…という思いはなくもない。  夏期講習を受けるαの多くが日向のような庶民派αだった。  だが、蒼をΩだからとバカにする者はいないので、それなりに周りと仲良くして、楽しい。  ただ、αばかりの教室内で自分の匂いを漂わせ、勉強の邪魔をしては悪いと気を使って念のため昼に抑制剤を飲んだ。  そうしたら、薬の副作用で午後から眠気が酷く、とうとう居眠りをしてしまった。  それに気が付いた周りのαが、 「緑川でも居眠りするんだね」  と笑う。 「いや…勉強の邪魔になったら悪いから…抑制剤飲んだら…やっぱり駄目だった。あんまり僕の体質に合わなくて…」  と苦笑いして、寝ていた間のノートを写させてもらう。 「俺らも飲んでるから、合わないんなら無理しなくていいよ」  と、A組に所属しているα男子が言う。 「ここの学校、いいとこのお嬢様Ωが多いだろ。フェロモンに当てられても言い訳出来ないからって親が心配して、病院でα用の抑制剤出してもらってる」 「まぁ…抑制剤飲んでなくても、北山と緑川には恐ろしくて手が出せないけどな」 「そうそう、恐怖で本能より理性が勝つよな」  と、次々言われる。 「何それ?!初めて言われた!」  蒼がギョッとして、A組男子を見回す。  その後に、日向を振り向くと、「うんうん」と頷いている。 「なんだよ!ひーちゃんまで、そう思っていたの?!」  と、蒼は唇を尖らせて怒る。 「緑川の匂いより、お前がくっつけてくるαの匂いの方が、相当こえーよ!」  みんながクスクスと笑いながら言う。 「えっ!そんなに?!」  蒼は首筋を抑えて、真っ赤になった。  いつの間にそんなにマーキングされいたんだろう?と狼狽える。 「いや~、あの東郷一馬と一緒にいられるって、緑川も相当なヤツだよな~」  どうやらα男子たちは蒼を、冷徹王と暮らせる鋼のメンタルを持った男子…と思って接しているようだった。  本当は、甘々に溺愛されているなんて……とてもじゃないが、言えない!  自分がΩとなって、学校での生活はどうなることかと休んでいた時は心配だったのに、掛けられる言葉は多少変わったものの、結局のところ、どのクラスの生徒も、どの学年の生徒もあまり変わらずに接してくれる。 ――こんなに周りに甘やかされていて、僕、大丈夫なのかなぁ…。  自分の今の立場を考えると不安は尽きないのだが、どうしても周りの優しさに気が緩んでしまう。  親族会がどんどん近付いてくるというのに。
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