1章-9 伏魔殿

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「悠馬、ちょっとここを離れる。蒼と貴良のボディーガードを頼んでいいか?」  一馬が、悠馬にそっと耳うちした。  悠馬は一瞬驚くも、「了解です」と返事をする。  一馬は涼を連れ、次太郎と正儀と、40代くらいの叔父と一緒に部屋を出て行った。何か込み入った相談があるようだ。  蒼は部屋に置いていかれると不安になり、貴良にピッタリとくっ付く。  くっ付いて来た蒼に貴良は、 「お顔と名前は覚えられそうですか?」  と、声を掛ける。 「…いや、無理」  すると、貴良は壁際に移動した。そうすることで、部屋全体が見回せる。 「お祖父様にはαの奥様と、Ωの愛人が3人いらっしゃいます。1人目と2人目の方は既にお亡くなりになっていますが、3人目の1番若い方が本邸で一緒にお住いです」  と、この部屋にはまだ姿を現していない祖父母の話をする。 「お祖母様の子は一馬様のお父様、初馬様のみ。と言うことはご存じですか?」  蒼が頷く。 「先程の…私の養父ですが……1人目の愛人の子どもです。ちなみに一馬様のお父様より1歳年上で、お祖父様にしてみれば1人目の我が子、ということになります。お祖母様と結婚されてから長らく子どもに恵まれず…、Ωを愛人に迎え入れたら……まぁ、そういうことです」  蒼はギョッとした顔をして、貴良を見る。やっぱり自分も愛人候補として囲われているだけなのだろうか?一馬はαの女性と結婚するのだろうか?と、不安が()ぎる。 「(つぐ)……お父様の下には3人のαの弟がいらっしゃいます」  養父を名前で言いそうになり改め、3人の叔父たちの名前を教えていく。3人ともαの息子や娘を連れて来ていた。従弟たちは皆、一馬と同じくらいの齢か、もっと若い大学生や高校生に見える。 「そして、2人目の愛人の子が4人。先程、一馬様と別室へ行かれた三輝(みつき)様が1番上の方で、警察庁の幹部です。三輝様と、一馬様とお父様が何か企むと、会社の1つや2つ潰してしまいますからね~、困ったものです。最近は正儀様まで加わるようになってしまわれて…」  …と言いながら、貴良の顔は困っているようには到底見えない。 「今日は…末っ子の叔母様がいらしてます。後のお2人は都合が悪かったのか本日は欠席のようですね。お子さんたちもまだ中学生や小学生なので、集まると賑やかになりますよ~」 「本邸にお住いの3人目の愛人の子は3人。一番末が先程お父様と話をしていた代議士の正儀様。一馬様より3つ年上ですが叔父です。正儀様の上にΩのお姉さまと、αのお兄様がいらっしゃいます。お姉さまは東郷の遠縁に嫁がれて現在は海外にお住いです。あちらが、正儀様のお兄様…」  貴良がスラスラと説明をしてくれるが、どの顔も一馬をマイルドにした感じ…、雰囲気が似ているために覚えるのも一苦労だ。  しかも、見事なまでにαばかりで、βが居ない。  Ωも、この方とこの方の奥さまはΩですが…と話には出るが、この場には来ていない。妻として参加している女性はみんなαだった。  「なぜ?」と聞くと、「まぁ…その理由は、お祖父様とお祖母様に会えばわかります」と貴良は浮かない顔をして答える。 「あら~、貴良じゃないの。お久しぶりね」  と、貴良に話しかける女性の姿があった。栗色の髪をカールさせ、パッチリと開いた二重の大きな瞳と、ぷっくりとツヤのある唇。人形のような出で立ち…。 「一馬様の部下の次は子守りがお仕事?早く家庭に入って、子どもを生んで、自分の子の子守りすればいいのに~。ステキなαの番になって、結婚までしてくれたのに、もったいないわぁ~」  と、甘ったるい声で話しかけられ、貴良の全身をザワザワと鳥肌が立つ。  一馬の祖父の3人目の愛人Ω…。祖父と30歳近く齢が離れているというが、年齢不詳の色っぽさに包まれていた。 「Ωに生まれたんだから、Ωらしい幸せを手に入れなくちゃ~。αの真似事なんて大変なだけよ?」  αしか集まらない親族会で、Ωを見付けると決まってそう言う。  そういう生き方をしたいのであれば、その生き方を選べばいい。だけど、貴良はそんな生き方をしたくない。というだけなのだが、どうも貴良相手に自分の価値観を押し付けるのが好きらしい…。 ――まずいのに捕まったな…。  と、貴良の気が蒼から逸れる。  この屋敷の執事はそのタイミングを見逃さなかった。  そっと、だけど逃げられないくらいに力強く蒼の二の腕を引き寄せ、 「旦那様がお呼びです」  と言って、いつの間にか部屋に入ってきた老人の前へ、引っ張って行かれる。 「…?!」  不意を突かれた蒼は怖くなって動けない。  東郷家の前当主であったこの屋敷の主は、蒼の顎に指を当てて顔を上げさせると、80歳を目前にした老人とは思えない背筋の伸びた長身から蒼を見下ろす。 「ほほ~、コレか。男のΩとは珍しいな」  祖父の空いている手が、蒼の背後に伸びる。 「これでは愛玩(ペット)玩具(おもちゃ)くらいにしかならんだろ。一馬とはもうヤッたのか?」  伸びた手が、蒼の双丘の片側を鷲掴みにする。 ――?!  貴良が愛人に気を取られていた隙に、祖父から蒼を取り戻せない状況になっていた。  その場にいた全員が、祖父の悪い癖が始まった…とヒヤリとしたが、止めることができない。 「甘い匂いがするということは、まだ番になっていないのか?」  首筋に鼻を近づけて匂いを嗅いでくる。  全身が総毛だつ。 ――怖い!  そう思った時、蒼の体が力強く引かれ、祖父から引き剥がされた。そして、誰かの胸に抱き止められる。 ――一馬さん?  と、思い振り向くとそこには悠馬が居た。 「いくらお祖父様でも、やっていいことと悪いことがありますよ」  と、学校では見たこともない険しい顔をして、αの威圧感を剥き出しにしている。悠馬だけが祖父を止めに入った。  若さゆえの怖いもの知らず…。誰もがそう思いながら、状況を固唾を飲んで見守る。 「大丈夫ですか?」  と、蒼の耳元に小声で言うと、側に居た貴良に蒼を渡して、蒼と貴良の2人を自分の背後に(かくま)った。 「おやおや、悠馬のやんちゃっぷりは全然変わらないのかい?」  祖父が悠馬の母に向かって冷たく言い放つ。 「お祖父様のやんちゃっぷりも、お変わりないようで」  悠馬が悠馬なら、母も母…といったところだろうか?親子して、祖父に引く気は一切ない。 「蒼先輩は一馬さんのパートナーです。気安く触らないでください」 ――僕だって蒼先輩の匂いを嗅ぎたいのに!  …とまでは、思っても言わない。  とにかく、大事な先輩と、大事な兄を守らなくては。 「ソフィアに行って、Ωに腑抜けにされたか?」  祖父が「つまらん」と言う顔をして悠馬を見る。 「天王館は確かに偏差値は高いですが、ソフィアの方が入り口偏差値に比べて出口偏差値は高い。T大合格者数も年々伸びている。だから僕は天王館ではなくソフィアを選んだんです。そもそも、α至上主義なんて、今の時代には合いません!」  蒼もそうだったが、悠馬も偏差値の高い天王館高校へは行かずにソフィア学園を選んだ1人だった。性別がいつまでも不明だった蒼とは理由が異なるが、最近は天王館高校のα至上主義で他校を侮る校風を嫌う生徒がソフィア学園を選ぶ傾向にあった。  両親がαであるにも関わらず、祐馬がα至上主義を嫌うのは祖母や貴良の影響が大きい。  だが、ひと昔上の世代のαには天王館高校の人気は高い。それ以外の高校を選ぶとバカにされるが、そんなものは大学へ進学してしまえば消える。しかし、悠馬は何かといえば通っている学校の事をバカにされておもしろくない。  何を言われても怯まない悠馬の姿に、蒼も一馬のパートナーとしてしっかりしなくては!胸を張らなくては!という気持ちになってくる。  αの気迫がぶつかり合い、緊張感が広がる部屋へ、 「食事の支度が出来たようだから食堂へ行こうか」  と、次太郎が入ってくる。  その後に続いた一馬の顔が険しくなる。 「…何があった?」  と聞かれ、貴良が答えようとするのを、 「何でもありません。大丈夫です」  と、蒼がスーツとネクタイを直しながら、背筋を伸ばして真っ直ぐ一馬を見る。 「…そうか」  一馬は蒼の様子から、これ以上聞いても無駄だなと思い諦める。 「申し訳ありません。油断しました」  貴良が蒼に耳打ちすると、 「ごめんなさい。僕もここが伏魔殿だということを忘れていました。僕も気を付けます」  と、返す。  親戚のΩが親族会に出ないのは、あの祖父が原因なのだなということがよくわかる。
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