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Ⅰ
東京滞在3日目、帰国の予定日が近づく。帰ればまた『籠の鳥」生活だ。ロシアでは、ミハイル不在で屋敷の外に出ることは出来ない。イリーシャがいても、邑妹(ユイメイ)と一緒に...と言っても却下される。
『目を離すと何をするかわからん』
その度に真顔で怒られる。
『別にナンパしに行くわけじゃあるまいし...』
と不貞腐れると、
『当たり前だ』
となお激怒される。
『お前はすぐにぶっ放す。その喧嘩っ早い性格が問題なんだ!』
人を狂犬みたいに言うな。そうは言っても、せっかくの日本だ。ミハイルもいないのにホテルに隠りっきりはさすがに寂しい。
「なぁ、明日はミーシャは一日忙しいんだろう?俺もどこかに遊びに行きたい...」
しょんぼりと窓の外を眺めていた俺に、ちょっとは同情したのか、ミハイルはモバイルを取り出すと誰かに何かを話していた。そして、ふっ...と言葉を切ると俺の方を見た。
「何処へ行きたいんだ?」
「横浜...俺がガキの頃住んでたあたり。ツーリング行きたい」
「ツーリングだと?!」
「イリーシャがいるじゃん。同行してもらえばいいだろう?」
ミハイルは、眉をしかめながら、それでも電話の向こうの相手に何やら交渉してくれて、『thank you 』と言って切った。英語を使っているところを見ると、駐在の誰か...では無いらしい。ミハイルは少々渋い顔だったが、溜め息混じりで言った。
「行ってきてもいいぞ。但し、イリーシャとのタンデムは駄目だ。お前は免許あるのか?」
「取らせてくれたじゃん、必要だからって」
俺は元々大型まで免許を持っていたが、身体が変わってしまったし、戸籍も変わった。なので、サンクトペテルブルクの屋敷のコースで練習して、バイクの限定解除と普通自動車の国際免許を、教官に来てもらって取得した。
「ならばいい。イリーシャに750ccを手配させる。イリーシャとチームの連中に伴走させる。.....もてなしてもらった礼に、一緒に連れていってやるといい」
「一緒にって....誰を?」
「高遠遥だ」
「遥?.....あの坊やか?バイク乗れるのか?」
「免許は無いらしい。お前が乗せてやれ」
「いいけど」
何にしてもツーリングに行けるのは嬉しい。
それに、遥とはもう少し話をしてみたいし、外の景色を眺めに連れ出すのはやぶさかではない。まだ二十代そこそこの若者に祈りと花嫁修業(?)三昧の日々は酷すぎる。
自慢じゃないが、俺は二十代の頃.....前の身体の時には、アサルト片手に戦場にもいたし、香港の街でもずいぶんと腕白でよくオヤジに叱られた。何より、ミーシャに出逢った。サンクトペテルブルクの街で一緒に学生生活を楽しんでいた。
遥はまだ若いのだ。隆人との関係がどういうものかは知らないが、たまには羽根を伸ばしたっていい...はずだ。
「じゃあ、段取りをよろしく」
俺が立ち上がると、ミハイルが不満そうな目線ん投げてきた。
ーわかってるって...ー
「ありがとう。愛してる」
俺はミハイルの首に抱きつき、思いっきり感謝の気持ちを込めて、キスの雨を降らせた。ヤツは極めて上機嫌で会議に出掛けていった。
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