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私は仕事帰り、家までの道をいつもの様に歩いていた。ふと大きな交差点の向こう側に人影を見つける。
誰かと楽しそうに話しているその横顔に私は見覚えがあった。
それは……私の元彼だったから。
声をかけようか迷った。しかし結局足が竦んでしまって声がかけられなかった。
それはまだ私が彼の事を好きだからなのだろうか?
きっとそれは違う。
彼はもう私とは違う世界の人間だ。
きっと私のことなんて覚えていないだろうし、今更声をかけたところで何を話せばいいかも分からない。
私は彼に気づいていない振りをして何事も無いように歩き出す。
もう……全て終わった事だから。
2年前、好きで好きで堪らなかった彼に別れを切り出したのは私だった。
「私達別れよう?」
当時、彼はファッションデザイナーとして働いていた。私も服飾関係の仕事に就いていた関係で仲良くなり、付き合うようになった。
付き合って少ししてから彼は有名なブランドのデザイナーとして抜擢された。それから少しずつメディアでも取り上げられるようになった。
仕事は順調そのもので私も自分の事のように嬉しかった。
でも彼が有名になればなるほど、私からどんどん遠くになっていくような気がして嫌だった。
それと同時に素直に彼の活躍を喜べない自分がとても嫌だった。
そんな中でも彼は昔と変わらず、私に接してくれていた。大好きな笑顔でいつも私にたくさん話をしてくれた。
でも私はいつか彼に捨てられるんじゃないかと思うようになっていった。
そして彼に別れを切り出させるのなら自分から離れようと思ってあの日、私は彼に別れを切り出したのだった。
今となれば本当に自分勝手で彼に申し訳ないことをしたと思う。でもその時の自分は弱くて、もう限界だった。
「何で?」
少し沈黙が続いた後、彼は私に聞いた。
「他に好きな人が出来たの」
精一杯の強がりだった。そう言えば彼は寂しそうな目をしていた。
私達が別れた後、彼はそれからも活躍を続け、今では世界的なデザイナーとして有名になっていた。
彼はもう私の事なんてとっくの昔に忘れてしまっただろう。私ももう未練はない。
ふと顔を上げた瞬間、彼はあの時と変わらぬ笑顔で私の前を通り過ぎて行った。
「……」
思わず振り返った。
間違いない。あの香水の匂い……
彼が通り過ぎた瞬間、私が彼の誕生日に買ってあげた香水の匂いがした。
まだ使ってたんだ……
ポロッと零れ落ちた涙が私の頬を伝っていく。
変わったのは私だった。彼は何も変わっちゃいなかった。
私はチカチカと光る信号に急かされて足早に横断歩道を渡り切った。
振り返っても彼の姿はもう見えなくなっていた。
横断歩道を渡り切った私は人目も気にせず泣き続けた。
何故、涙が溢れて止まらないのだろう?
それはきっと、まだ彼のことが好きだから。
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