第一部:回想編

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 僕がプロを目指す決意を固めた直後、父は引退した。棋聖戦と十段戦の挑戦者の地位を放棄しての引退ということで、周囲はあれこれと憶測した。妻の死がショックだったのだろう、と言う者もいれば、和倉泡鳴を相手に怖気づいたのだろう、と噂する者もいた。恐らく後者だろうと僕は思った。母が死んでもう五年にもなるのだ。今さらそんなことが理由では無いだろう。それに、引退を決めた父は、何かから解放されたようなすがすがしい表情を浮かべていたのだ。  だとしたらとんだ腰抜けだ、と僕は父を内心嘲った。僕なら、みすみすタイトルを逃すような真似はしないと。いつか全てのタイトルを制覇する、それが当時からの僕の目標だった。  こうして僕は、父の跡を継ぐように、和倉泡鳴の弟子となった。彼は冷たい男だった。おまけに、大会での一件もある。僕を恨んだ潤一郎は、あること無いこと、父親に僕の悪口を吹き込んだ。泡鳴からの非情な仕打ちに、僕はひたすら耐えた。  ――こんな男など、及びもしないレベルに到達してやる。タイトルなど、一つも譲るものか……。  そんな思いを胸に、僕は彼の碁を研究した。知識もスキルも、全て盗むつもりだった。その甲斐あってか、僕は順調にプロへの道を突き進んでいった。
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