第一部:回想編

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『全く弥生子(やえこ)さんたら、遠坂(とおさか)家の名に泥を塗ってくれて』 『いくら和倉(わくら)先生のご紹介といっても、嫁に迎えるんじゃなかったわ』  母が亡くなった後、祖母はヒステリックに騒ぎ立てた。我が家・遠坂家は、祖母の実家には劣るものの、代々囲碁棋士という家系である。父と母の結婚も、父の師であった和倉泡鳴(ほうめい)の紹介によるものだ。そんな環境で、僕も当然のように、物心ついた時から父に碁を教わっていた。  しかし、母の死以来、僕は父とは言葉を交わさなくなった。碁は好きだったが、父親のようなプロになるなんてまっぴらごめんだと思った。父はそんな僕を見て、時折寂しそうにしていたが、プロになるよう強制することはしなかった。  一方、黙っていなかったのは祖母だった。彼女は何かにつけて、僕に説教をしたが、僕は右から左に聞き流した。母の生前の彼女の言動を、忘れたわけでは無かったからだ。僕の記憶に残っているのは、祖母に嫌味を言われては涙を流す母の姿である。  父は、一連の祖母の言動を見て見ぬふりしていた。僕はそんな彼を見て、何と情けない男だろうと軽蔑した。ただ、後に知ったところによると、祖母と父は血が繋がっていなかったのだそうだ。父の実の母は、父を産んですぐ早世し、後妻に来た祖母と祖父の間に、子供は生まれなかったのだ。それを考えると、当時の父の態度も、少しだけ分からないでも無い、と今になっては思う。
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