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大会当日、秋江は不安そうに僕に付きまとった。余りに僕から離れようとしないので、僕はつい苛ついて彼を叱った。
『いい加減、しっかりしないか。見ろ、あの子だって一人で頑張っているじゃないか』
まるで我が事のように気合の入った保護者たちに付き添われる子供たちの中で、何故か誰も付き添いのいない男の子が、一人いたのである。時折心細そうな表情を浮かべながらも、気丈に振る舞う彼のことが、僕は何だか気になって仕方なかった。のみならず、ちらと目にした彼の碁は、実にユニークで魅力的だった。
その子は、準決勝まで勝ち進んだものの、惜しくもそこでは敗れた。一方秋江は、準決勝で勝利した。相手は、潤一郎であった。
『僕頑張ったんだ、あいつに反則させなかった』
秋江は、僕に向かって得意げに報告した。そこで僕は、はっとした。ということは、三位決定戦で、あの子が潤一郎と当たるではないか。僕はさり気なく傍に寄って、彼らの対局を監視した。
僕の不安は的中した。潤一郎は、彼を相手にあからさまな反則を繰り返した。それなのに何故か、スタッフたちは見ないふりをしている。
――大物棋士の息子だから、おもねているのか。
かっとなった僕は、思わず潤一郎の腕を掴んだ。
『今、石を動かしただろう』
僕はスタッフたちに向かって、潤一郎の反則行為を述べ立て、適切な処置を求めた。しかし、結果は無残なものだった。潤一郎にお咎めは無く、僕は大会の妨害者として、外へ連れ出された。その時点での形勢判定で潤一郎の勝利が決定したと聞いた時、僕は悔しさに身を震わせた。
――和倉泡鳴の息子が、どれだけすごいというのだ。泡鳴など、ものともしないような棋士になってみせる……。
それは、僕が初めて囲碁のプロ棋士になろうと決意した瞬間だった。
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