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Who are you?
公園で遊ぶ愛しいあの人と、あの人によく似た面影の宝物みたいな駿君。
あの人…貴博さんは駿君と楽しそうに追いかけっこしたり、ブランコで遊んだり。どっちが子どもなのか分からないくらい夢中になって休日を過ごしている。
笑顔溢れる二人の様子を、私は微笑ましい気持ちで芝生にシートを引いて見守っている。もう小一時間はあの様子で、二人共こっちへ来る様子が無かった。
男の人は夢中になると駄目ね。私はちょっと呆れた気持ちで、遠方に行ってしまった二人にビデオカメラを向けて映像に収める。ズームにすれば表情がよく分かる。やっぱり公園にビデオを持って来たのは正解だった。貴博さん、私の前じゃしたことないような笑顔で駿君と遊んでる。ちょっとだけ駿君にヤキモチ焼いてしまいそう。
いけない。子ども相手にヤキモチ焼くなんて。
貴博さんに知られたら呆れられちゃうかもしれない。
生まれた雑念を首を振って払うと、二人は公園に来ていたワゴン販売に足を運んでいた。貴博さんは駿君に何か買ってあげて、食べさせているみたいだった。自分もケバブみたいなのを買って食べている。
もう、勝手な人ね。私は一人でここで待っているのに、自分達だけ買い食いするなんて。それに折角バスケットいっぱいにサンドイッチやおにぎりを作ってきたのに、忘れてしまったのかしら?
…あの様子じゃ、お弁当作ってきたの忘れてるわね。男の人って本当に自分勝手。ごめんって謝れば私がいつでも許すと思っているんだから。仕方ないわね。忘れているなら、夜ご飯にすればいいものね。
そうだ、ご飯はもう食べられなくても、あんな味が濃いお昼じゃさっぱりした果物を食べたくなるかもしれない。ふふ、二人がこっちへきた時にすぐ食べられるように、持って来た林檎やオレンジを切っておこうっと。
バスケットから林檎と、果物ナイフを取り出して手早く皮を剥いていく。
しゃりしゃりと小気味良い音を鳴らして、途切れることなく林檎の皮が剥けていく。昔から包丁捌きだけは自信があった。味付けは自信無かったけど、飾り切りとかが得意だったから見た目だけは豪華な食事を作る事が出来た。今は味も多少上達していると思う。怖いけど、今度貴博さんに聞いてみましょうか。
私は鼻歌を歌いながら次々と林檎をカットしていった。
長い長い林檎の皮が、何枚も落ちていく。カラスが啄みたそうに近寄ってきたのを軽く手で払った。駄目よ。今日の記念だもの。皮だってカラスには渡せないわ。林檎の皮を拾って、ジップロックに入れて仕舞った。
さぁ、デザートの準備が出来たわよ。いつでも待っているわ。
私がいそいそ二人の為の冷たいお茶を準備していると、丁度二人がこちらへ戻ってくる様子だった。私はビデオカメラの録画を急いで止め、鞄に仕舞う。あともうちょっと、暑かったね、さ、涼みましょう?
二人が私のシートに辿り着く十歩先の所で、知らない女が貴博さんに声を掛けていた。非常識な女ね。貴博さんがナンパしたいぐらい素敵なのは認めるけど、普通子連れの男性に声を掛けるかしら?
女は貴博さんにタオルを渡して、駿君にも近寄って額の汗をハンカチで拭いている。信じられなかった。貴博さんだけじゃなく、駿君にも触れるなんて。私の肩は静かに震えた。
そして貴博さんからタオルを受けとったその女は、駿君を抱っこしようと屈んでいる。何で、何でよ。貴博さんも何でその女のさせたいようにしているの?駿君が怪我させられたりしたらどうするのよ。私は握っていた果物ナイフに力を込めた。
そして女は信じられないことに駿君のほっぺにキスをした。
何で、駿君。駿君は人見知りで、いつも貴博さんの後ろに隠れちゃう子じゃない。知らない女にそんな事されないで。
気付いたら、ナイフを握り締めたまま駆け出していた。
貴博さんの驚いた声と、駿君の泣き声と、知らない女の悲鳴が公園に響く。
女の胸にナイフを突き立てた。随分大きいのね。そんな脂肪の塊で貴博さんを誘惑しようなんて、バカな女。
倒れ込んだ女を見下し、貴博さんを向いた。
あぁ、騒ぎを起こしてごめんなさい。怒られちゃうかな。でもまずは…
「二人とも、リンゴ剥いたよ」
場を和ませるようににっこり言ったのに、貴博さんも駿君も知らない女に駆け寄って抱き起こしている。何よ、悪いのはその人でしょ。私の貴博さんと駿君にちょっかいだすんだもの。その報いよ。
貴博さんも周囲の人も、救急車を呼んだり止血したり忙しそうだった。
また、私一人。何で構ってくれないの??
「ねぇ、貴博さん駿君。リンゴ食べましょう?」
貴博さんの腕をとろうとすると、思い切り振り払われて突き飛ばされた。
勢いで尻餅をついて、ナイフが足元に転がった。
何で、何でそんなに怒っているの?
「気持ち悪い…何で俺達の名前知ってるんだよ! お前誰だよ!!」
「私…? 私は…」
私は、誰だっけ??
貴博さんと駿君は、知らない女に呼びかけている。
駿君の「ママ!」という声が耳に残る。ねぇ、ママは私でしょ?
騒然とする公園内。遠くから、救急車とパトカーのサイレンが聞こえる。
ねぇ…私は誰?
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