ゲーセンの神様

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 十年前の夏、俺は神様に会った。自称だけど。  十年前、俺が大学二年生のころ。よくある学生向けアパートで一人暮らしをしていた。 「げ、マジか……」  そして、あの暑い日、エアコンが壊れたのだ。いくらリモコンを押しても反応しない。電池をころころしても、入れ替えてもダメ。業者に電話したら、今日は無理といわれた。  仕方なくカノジョに連絡して、泊まるところを確保。あの頃は今よりはまだ涼しかったけど、エアコンなしで寝るには暑すぎた。あと、エアコン壊れたって意識するだけで救いを失って余計暑くなってきたし。  カノジョは夜までバイトだというから、涼を求めて街に出る。  通りかかったゲームセンターで、カノジョが好きなシリーズのUFOキャッチャーを見つけた。地獄の動物シリーズとかいう、可愛いかよくわからん犬のぬいぐるみを三回でゲットする。  ふと視線を感じてそちらを見ると、小さい女の子がこちらを見ていた。小学生になったばかりぐらいの子。おかっぱで、シャツに赤い吊りスカートというレトロな格好をしている。トイレの花子さんとかこんな感じだよな。イメージだけど。 「……何?」  どう反応していいかわからず、とりあえず声をかけてみると、 「あれとって!」  似たような猫のぬいぐるみを指さされる。 「あのさ」 「お金はあるよ!」  百円玉を手渡される。じゃなくって。 「親は? あー、お父さんとかお母さんは?」 「いないよ」 「マジかよ。こんな子供一人でゲーセンって……」 「平気だよ。私、神様だから?」 「は?」  あー、なんだあれか、やばいやつか? 子供のごっこあそびならいいけど、やべー宗教だったりしないよな。夏休み前にそういえば、宗教勧誘の注意事項みたいなの掲示されてたな。  どうすっかな、とりあえず店員かな。  そう思って見回すが、店員らしき人影はない。っていうか、人影がない。あれ、さっきまで結構いたのにな。 「大丈夫だよ。あとから誘拐とか言われたりしないから」  見た目ほど幼さを感じさせない声で自称神様は言い、ほらはやく! と俺を急かす。  悩んだけれども、百円玉を投入した。  そこで、何かが吹っ切れたのだろう。四回で、必死の形相で何かを掘っている猫のぬいぐるみを手に入れる。神様に渡しながら、 「これ、可愛いか?」 「キモイよね! そこが可愛い!」 「……そうか」  やっぱり、キモイよな。 「こういうキモイものつくって楽しむところ、人間、とっても可愛い」  そうして神様が笑う。神様、役作りがしっかりしてんな。 「ねー、次、ダンスバトルしよう!」  神様が腕を引く。  あたりに他の客も、店員もいない。 「俺、これ系はあんまりやらない……」 「いいじゃん! やろう! 踊りを神様に捧げるのは大切!」 「役作りが無駄に賢いな……」  やはり宗教がらみだろうか?  しかし、なんとなく断れず、ダンスゲームをする。下手すぎて神様にげらげら笑われた。誘っただけあって、神様は上手だった。  格ゲーして、レースやって、シューティングゲームに移行したところで、 「あー、マジ俺何やってんだか」  夏休みに自称神様の幼女とゲーセンで遊んでるなんて。親が見たら泣くな。 「エアコン壊れたんでしょー?」  神様は上手にゾンビを撃ちながら、 「じゃあ仕方ないよ。いつもと違うことが起きたんだから。そこで世界が分岐した。非日常は楽しんだもの勝ちだよ」 「そういうもんかね」  なんか、いちいち宗教っぽいんだよな。俺がそう思ってるから。って、あれ……? 「俺、エアコン壊れた話、したっけ?」  してない、はずだ。  思わず画面から目をそらし、神様を見る。 「よそ見してると危ないよ、信治郎」  名前も、教えてないはずだ。名前登録したときも、SHINJIにしてフルではいれてない。  派手な音がゲームからする。  驚いてそちらを見ると、画面いっぱいのゾンビの顔とYou loseの文字がでていた。 「あーあ、だから言ったのに」  神様が笑う。  おかっぱが揺れる。 「驚いてるの? でも、言ったじゃない。私、神様だって」 「だって、いや、そんな」  わかった、なにかトリックがあるのだ。多分、この子は宗教の重要ポジションみたいな子で、神の力とかで全部わかるっていうので、目をつけたやつのことを調べて、聞いてないのに知ってるを装って信じさせているのだ。なんで俺に目をつけたのかわからんけど。 「いいよ、信じてなくても。でもまあ、ここまで遊んでくれたから信治郎にはイイこと教えてあげるね。信治郎の家のエアコン、壊れてないよ」 「は?」  それは、朗報だが。 「コンセントの接触不良。エアコンばっかり疑って、そっち見ていないでしょ? 一回差し直してごらん?」 「いやいや、まさかそんなダサい理由……」  あるかもな……。パソコンも再起動したら直ったりするし。 「信治郎と遊ぶの楽しかったから、本当はもっと一緒にいたいけど……信治郎はこの後、約束あるもんね」  あ、そうだ。今何時だろう。全然気にしてなかった。 「まだまだ毎日が楽しい信治郎を私の方に引き寄せるのは気がひけるから、やめとく。でも、もし、信治郎が疲れてもう嫌になったら、またこのゲーセンに来てね。私いつでも待ってるから。そしたらさ」  神様は猫のぬいぐるみを大事そうに抱えて、楽しそうに笑った。無邪気に。 「一緒にずっと遊んで過ごそう」  そして、俺の返事を待たずに、じゃあねと片手をふって軽やかに店の奥に走っていく。 「ちょ、まっ」  慌てて追いかけようとしたところで、 「うわっ」 「いってーな」 「す、すみません」  突然現れた人にぶつかってしまう。  っていうか、 「あれ……」  さっきまで俺たちしかいなかった店内に、人がたくさんいる。  ポケットのケータイが震える。カノジョからの着信。 「あ、やっとでたー! ちょっと、自分から泊めてくれっていったのに、どこにいんの?」 「え、今何時?」 「は? 二十時半だけど?」  そんなに? 俺がここに来たのは昼過ぎなのに。確かにだいぶ遊んだけど、そこまで時間が経っていた?  電話の向こうでイラついているカノジョに何度も謝罪して、とりあえずカノジョの家に向かう。  ゲーセンに突然現れた人、思っていたより経っていた時間。神様と出会ってからのことがおかしすぎる。  いやいや、疲れてるんだな。暑いから。  そう思いながら、コンビニでカノジョの好きなシュークリームも買わないとなと計算を始めた。  というのが、十年前のできごと。  変な出来事すぎて、記憶を盛っている可能性すらある気がする。暑かったから変なもの見たのかな。  でも、確かにエアコンはコンセントを差し直したら直ったのだ。あと、業者に連絡するの忘れて、来てもらっちゃって迷惑かけたけど。  何が本当だったのかわからない。それでも、喉にひっかかった小骨のように、ずっと俺の記憶の中にあった。  十年後の今、会社がブラックすぎて、疲れて、もう行きたくないなって、この電車に飛び込めが楽になるのかなって思ったときに、神様の顔が思い浮かんだ。  そこからは、なんとなくふわふわしている。  会社に病欠の連絡をして、罵倒のメールがきたからケータイの電源切っちゃって、電車を乗り継いで昔住んでいたこの街に来た。  ゲーセンは前と変わらずにあった。まだ、営業時間前なのに、シャッターが開いていた。  あの神様を名乗る子がいなくても仕方ない。そしたらあの不思議体験は記憶違いとか偶然の産物だってことになるだけだ。  でも、いたらラッキー。怖いけど。変だけど。でも、言われた、非日常を楽しめって。なら、楽しむだけだ。俺の日常なんて、くそみたいなもんだし。  スーツのままUFOキャッチャーにお金をいれる。あのときのように。中に入った景品はなんだか知らないアニメのフィギュアだ。  別にいらないけど、なんとなくアームを動かしていると、 「久しぶり、信治郎」  横から懐かしい声がした。
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