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 怖い話、か。  そりゃ50を過ぎれば色々聞いたりするもんだが、あんたが言うのはちょっと違うんだろう?  実体験。そうだろう?  しかし、まあ、残念ながら幽霊も宇宙人もツチノコも見たことが無くてね、どうもお役には立てない――なんだ、あいつから聞いてきたのか。  やれやれ、どうせべろべろになって喋っちまったんだろうな。一生の不覚だよ。あの時は、また見ちまったんで、つい酒の席で喋っちまった……。  ああ? 大丈夫。話すよ。  ただ、これはあいつも言ってたろうが、怖い話じゃなくて、その……一杯飲みたくなる話なんだよ。  俺が小4の頃の話だ。  当時は――まあ、詳細は省くわ。そっちで加工する時に時代背景を調べてくれ。  ともかく学校の帰り道に、俺は奇妙な物を見た。  家の近くにあるコンクリの用水路を流れていく物だ。普段からゴミが浮いてるドブみたいな場所だったから最初は気にしなかったんだが、近づいて来るうちに、それに書かれた文字がはっきりと見えちまったんだ。  俺の婆ちゃんの名前だった。  折り紙で作る『やっこさん』てあるだろ。ああいう『人の形をした折った紙』に婆ちゃんの名前が書かれている。色は黄緑だったかな?  どうして婆ちゃんの名前が? って俺は気になった。  だから俺は自然とそれを追いかけ始めたんだ。  一時間か、もっと短かったか、ある場所で、やっこさんは止まった。壁の近くで流れずにくるくる回ってるんた。  俺は上からずっと眺めていた。変な流れがあるのか? エビがいたずらしてるのか? なんて考えてた。  そしたら、ふっと……やっこさんが消えたんだ。  吃驚したよ。ほんとに消えたように見えたんだ。だから俺は下に降りたんだ。泥は乾いてて歩きやすかったな。  それで、やっこさんが消えた場所に行ったら、更に驚いた。  壁が割れてたんだ。上から見たんじゃ影になってて判らないんだが、子供がぎりぎり通り抜けられそうな割れ目があるんだ。  中は真っ暗で、水が流れ込んでる。  まさか、ここに? そう思ったらやっこさんが奥にちらっと見えた。  どうしたかって?  中に入ったよ。  理由かい? さあなあ……好奇心だったか……いや、違うな。  凄く嫌な感じがしたんだよ。  婆ちゃんが真っ暗な中に行っちまうって、手遅れになっちまうってな。  今考えると、正気の沙汰じゃないな。  小4のガキが腹と背中をこすりながら進んだって言えば、どのくらいの狭さかわかるだろう? でも、俺はとにかく進んだんだ。  足元を流れてる水がどんどん深くなってきて、背中から差し込んでくる光がどんどん弱くなっていく。割れ目は、カーブをしながら下に向かっていたんだと思う。  俺はそれでもどんどん進んだ。  そしたら――  まあ、昔の記憶だからね、話半分で聞いてほしんだが――大きくて広い場所に出た。真っ暗じゃなくて、どこからか薄っすらと光が入ってきていたな。天井は高くて、周りもコンクリートの丸い空間。真ん中にこんもりとゴミらしきものが積もった山があって、ざぶりざぶりと水の音がして、酷い臭いだった。  俺はしばらくバカみたく突っ立てたけど、自分の前で婆ちゃんの名前のやっこがくるくる回ってるのに気が付いた。  さっと手を伸ばし、水から取り上げた。  妙に重かったよ。手の平より小さな折り紙が、あんなに重いなんてね。驚いて、うわって声をあげちまった。  ざぶり、と大きな音がした。  その音はずっとしていたけど、水が壁に当たる音だと思ってたんだ。  だが、違う。  ざぶりざぶり、と近づいてくる。そしてその頃には、暗闇に目が慣れていた。  やっこがいっぱいあったよ。  赤や紫と色も様々。それが水の底や水面に浮いていた。  中央のはやっこの山だった。  その中を、ざぶりざぶりと何かが――あれは『誰か』じゃなかった。腕が長すぎたし、体が細すぎた。そのくせ二本足で頭はサンゴみたいな――  まあ、ともかく俺は逃げた。  婆ちゃんを両手で持って裂け目に飛び込み、ひたすら体を進ませた。  家に帰ったら、親が吃驚してたよ。擦り傷だらけで酷い臭いだったからな。  さて、これで話は終わりだ。オチが無くてすまんね。  ん? どこが不快かって?  ……俺はそのやっこを今でも、箱に入れて保管している。その所為か、婆ちゃんは百歳を超えてんのに今でも元気そのものさ。毎日刺身と日本酒で晩酌してるよ、ははは!  ……まあ、その筆跡がな……俺は、その、よく知っていてね。  ん? 両親?  ふふ……嫌な性格してるね。親父は元気だが、母ちゃんは死んだよ。  ん?  ああ……そうだよ。俺はまた『やっこ』を見かけたのさ。  だから、あんたは、あいつから聞いて今俺の前にいる。  まだ、続いてんのさ……。  さて、一杯どうだい?
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