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今年の夏は、海を見に行くことになった。彼女が、夏の海が大好きだからだ。
(何だかなぁ……)
デートのはずなのに、ちっともロマンティックな雰囲気にならない。彼女の頭の中は今、目の前に広がる海でいっぱいになっている。
何となく分かってはいたけど、ちょっと悔しい。
彼女はここに来てから、食い入るようにずっと海を見つめている。空が赤く染まっても、一向に動く気配がない。
見つめ過ぎて、今にも海へと引き込まれていきそうだ。
見ているこっちが、怖くなってくるほどに。
「……そろそろ、行かないと。もうすぐ日が暮れる」
彼女が、ビクリと肩を震わせた。本当に夢中になっていたのだろう。
それを誤魔化そうとしてか、彼女が「えー」と大袈裟に声を上げる。
「もうちょっとだけー」
「駄目だよ、特別に許可をもらったんだから」
「ちぇー」
彼女は唇を尖らせ、しぶしぶと海に背中を向けた。名残惜しそうにチラリと後ろを見るが、すぐに向き直り、僕にとびきりの笑顔を見せた。
「来年も、来れるといいね」
「……そうだね」
本当のところ、来年のことなんて分からない。もちろん、彼女自身にも。
それでも、僕はこの夏の海に祈る。
来年の夏も、彼女が生きて、この海を見れますように。
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