夏の終わりの首切峠

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由香里(ゆかり)の日だから、みんなで出かけましょう」  夏休みの最終日、母はそう言って私を起こした。  ベッドから起き上がると、寝汗が不快感と共にシャツに張り付いており、決して、爽やかな朝とは言えなかった。カーテンの隙間から差し込んだ陽射しは鋭く、外の気温の高さを予感させた。けれど、家族で出かけるのは久しぶりだったので、口では、もう来年には高校生になるのに家族みんなで出かけるなんてめんどくさいなぁ、と言い、楽しみ半分、照れくささ半分で母に急かされるまま服を着替えた。  リビングに向かうと父が朝食を食べていた。 「おはよう」  約一ヶ月ぶりに会う父は心なしかまた痩せたような気がする。短く挨拶を交わし、席に着くと父は私を神妙に見つめた。 「何?」 「いや、何でも」 「変なお父さん。帰ってたんだ」 「昨日の夜にな」 「ふーん」  会話はすぐに終わってしまった。    父は二年前から単身赴任をしており、長期休暇には地方の持ち家に数日間、帰省している。  今回の帰省は盆の時期を過ぎていた。八月の最終週の昨日に帰省したのは、部下や同僚の休暇を優先しての事だろう。仕事が忙しいのか、父は会うたびに疲れてゆく気がする。月に一回、もしくは二ヶ月に一回程度の会う頻度だからか、共通の話題もなく、父自身も元々口数が少ない為、会話もすぐに終わってしまう。それに、思春期を迎えた娘と何を話したらいいのか分からないのかもしれない。友達は父親とは話が合わない、鬱陶しいと口にしていた。  父は私の顔を真剣に見ているが、言葉は口にせず、コーヒーを運んだ。    母は父が帰ってきたからか、ご機嫌で、朝食には食パンの他にスクランブルエッグ、ソーセージ、コーンサラダ、そしてヨーグルトまで並んでいる。豪華過ぎて何か企みがあるのかと勘ぐってしまう。 「お母さん、朝ご飯、豪華だね」 「そうね、最後だからね」 「夏休み最後かぁ、あっと言う間だったな」  宿題は割と早くに終わらせていた。後半は受験の為、塾の夏期講習に行く以外は勉強に費やしていた。今日で休みが最後だから、息抜きとして出かけるのも気分転換になっていいかもしれない。  チン、とトースターの音がして、母は褐色に焼けた食パンを私の前に差し出した。 「いただきます」 「クゥン、クゥン」  パンを食べていると、サブが尻尾をふさふさと揺らして、私の近くに来た。  ゴールデンレトリーバーのこのオス犬は私が小学生の頃、父が知人から貰い受けた。大型犬を室内犬として飼育するのは少々窮屈そうではあるが、サブは温厚な性格で一日一回の散歩で満たされているようだった。それに、今年の夏は最高気温を連日更新し、うだるような暑さの日々が続いていた。いつも陽が陰った夕方に散歩に行くのだが、嫌がることもあり、犬にとってもクーラーが効いた部屋の方が快適なのだと知った。 「母さんと話をして、今日は遠出をする事になった。風穴(ふうけつ)に行こうと思う」 「風穴(ふうけつ)?」 「山の中の半地下になっている場所だ。積み重ねた石が囲んだ穴で、夏でも涼しい風が吹く場所。ちょっとした観光スポットらしい。自然のクーラーみたいなものだ。たまにはいいだろう」  父は私の目を見ずに淡々と言った。 「ふーん、せっかく出かけるんだから、もっと楽しい場所行かないの? 水族館とか」 「今日は風穴(そこ)に行こうと思う」  父が自分の行きたい場所を主張するのは珍しかった。帰省時には出かける場所も、食べたいものも私と母の希望を優先してくれていた。 「いいよ。お父さんが行きたいんだったら」 「サブも一緒に行こう」 「分かった」
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