夏の終わりの首切峠

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「着いたぞ、ここだ」 車を停め、降りた先は峠になっており、道の先はくねっていた。 「お父さん、ここどこ?」 「ここは首切峠だ」 「え?」  名前を聞き返そうとした瞬間、急に息が苦しくなり、目の前が霞んだ。首が締め上げられ、激しい灼熱感に見舞われる。両腕で首を強く握り、じたばたと全力で首を絞める紐に抵抗する。 「ゆ、由香里っ! ごめんね、ごめんね、本当にごめんね」 母の悲痛な声がし、意識が遠のく。苦しくて腕をやみくもに振り回すと今度は父が私の両手を押さえた。 「こうするしかないんだ、こうするしか……っ!」  苦しさから逃げるように、のたうち回った。右手だけ何とか父の抑制から逃れ、背後から首を絞める母の顔に肘を当てるように振った。  右肘に鈍痛が走り、首元の紐が緩んだ。 「ゲッホゲッホ、な、んで」  私の首を絞めた紐はサブのリードだった。サブはふさふさの尻尾を下げて、何事かと私を見ている。  疑問、恐怖、苦しさ、負の感情が混ざり、激しい混乱に支配された。  どうして、どうして、どうして。  何故、こんな事をされるのか理解できない。家族で出かけようと母は笑っていた。父は事前に調べた風穴の情報を私に教えてくれた。  なのに、どうして。  殺される、そう感じると足はもう駆け出していた。  父が行く手を阻み、着ていた服を握られた。シャツが伸び、父に後ろから羽交い締めにされた。 「心配しなくてもいい、父さんも母さんもあとで逝くから」 「ぐるじい、な、な、んで」 「父さんは会社を首になったんだ……、それに訳の分からない病気だと言われて……、由香里を高校には行かせられない」 怒りと恐怖が体の奥底から湧き上がり、よく分からない涙が出た。 「それで、なんで、こんな」 「みんなで死ねば幸せになれるでしょう?」  よく知った笑顔で母は理解できない言葉を吐いた。    どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして。 「お母さんはずっと専業主婦だったから、今から働くなんてもう無理よ。今から不幸になるのは目に見えてるでしょ。みんなで楽しい思い出を作って死ねばずっと幸せよ?」  母はサブのリードで私の首を強く絞めた。  緑の葉が揺れ、鋭い木漏れ日がアスファルトを照らしている。額の汗が滴り落ち、目に入った。雫で景色がぼやけるのか、死が視界を滲ませるのか分からないが、喉が灼熱を伴った絞扼感に襲われた。  く、苦しい、熱い、もう、息が出、来な、いーーー。    サブの淡い毛が視界に入り、瞼を閉じた瞬間、私の意識はぼやけながら闇に沈んでいった。
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