夏の終わりの首切峠

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 娘を殺してしまった妻が罪悪感を持つ前に、私は彼女の首を絞めた。サブのリードは適度な弾力があり、少し力を入れれば思ったより締まった。  妻が絶命した後、問題はサブだった。寂しくないように家族最後の遠出に連れてきたのはいいものの、大型犬の首を絞めて殺すことは容易ではない。餌に界面活性剤を混ぜたものを持ってきたが、これで死に至るのかは不明だ。第一、サブは家族だが、動物であるため、一緒に逝かなくてもいいような気がする。犬は他に餌を与える人間がいれば生きていけるだろう。最悪、保健所に行っても今死ぬより、まだ生きる時間の猶予がある。  持っていた餌はサブに与えず、自分の口に入れた。ドックフードはカップラーメンに入っている乾燥した肉のような味がした。舌が少し痺れたが、それ以外の症状は出現しなかったため、リードを近くの木にスムーズに括り付ける事ができた。  会社を首になった時、インターネットで「首 切られた」で検索した結果、この首切峠がヒットした。こんな場所があるのか、すごい名前だと思った。  (いわ)れを調べると、戦国時代、戦に敗れ、生き残った武将の家来の損傷が激しく、その様子が非常に哀れであったためこの場所で首を切った事が由来と表記されていた。  この上なく一家心中に相応しい場所だーーー、私はそう思った。  木に括ったリードの強度を確認し、首を入れる輪を作った。そのまま、木を登り、首を入れる。木の根元には妻と娘が横たわっている。土色の肌をした二人はぴくりとも動かない。サブは木に登った私を不安そうな丸い目で見上げている。淡い柔らかな毛が夏の日差しに照らされ、金色に輝いて見えた。 「サブ、一緒に連れて逝ってやれず、すまない」  私はそう言い、首に紐を掛けた。体が大きくしなるように揺れ、意識が薄れてゆく。  夏の陽射しが鋭く肌を刺し、全身の毛穴から汗が噴き出しているのが分かった。  瞼の裏で妻と娘が手招きしている姿が見えた気がした。幸せな思い出を持って、彼女達が招く方へゆっくりと意識を手放した。 ―完―
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