姉と巡る夏の宵山

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9  気が付くと、僕は病院のベッドで横になっていた。心配そうな顔で、僕を見ている父と母が最初に目に入った。  二人の話を聞くと、どうやら僕は四条通の真ん中でいきなりぶっ倒れたらしい。医師の診断によると熱中症だそうだ。だが、熱が治まってきたので明日には退院できるらしい。  僕は両親に姉のことを話した。あの不思議な宵山のことを……  すると、父は驚いた表情を浮かべ、母はさめざめと泣きだした。両親から、少しずつ話を聞いて、僕は信じられない気持ちになった。    姉は京都の大学に進学する前に、東京で交通事故に遭って亡くなったそうだ。姉に懐いていた僕にショックを与えたくなくて、進学する直前という時期もあり、「姉は京都の大学で独り暮らししているから、しばらくは会えない」という嘘を吐いていたらしかった。 『……お姉ちゃんは遠くに行ってしまったのよ』 『そうね。楽しかったかもね。来られたら……だったけど』  母と姉の台詞の意味がようやく理解できた。  僕は泣いた。声を上げて泣いた。母も父も俯いて、目から涙を零した。  ふと、自分が手に何かを握っていることに気が付いた。見ると、それは赤と黒の金魚が泳いでいる絵が描かれているスーパーボールだった。僕はそれを強く握りしめた。せめて、姉の形見だけは何処にも手放したくなかったから……。  何故、こんな話をしたのかっていうと。あれから毎年、7月16日は京都に来ているからだ。死者だけが参加できる特別な宵山に……。でも、あれから、一度も出くわすことは無かった。  だから、皆にお願いしたい。もし、皆が宵山の日に裏路地を探してみて、死者の宵山に出会うことがあったら、姉に言伝を頼みたいんだ。 「凪君は元気でやってますよ。もう一度、お姉さんに会いたがっています」ってね。  あ、そうそう。僕が姉に買ってもらったミサンガと櫛とすもも飴、あなたも買っていくことをオススメするよ。あと、5円でも50円でもいいけど、穴の開いた硬貨を6枚ね。  後から知った話だけど、死者の国へ行って帰ってくるために必要なお代なんだって。ちゃんと、向こうの人に手渡せば帰ってこられる筈だから。  一応、今年の夏も姉を探しに京都に来ているんだけどね……。    コンコンチキチン コンチキチン  宵山のお囃子の音色が今日も聞こえる。  そして――  姉から貰ったスーパーボール(お土産)は今もまだ、僕の手元にある。 (終)
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