姉と巡る夏の宵山

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2  わざわざ、四条駅まで行かなくても烏丸線五条駅がある烏丸通は大勢の人で賑わっていた。だが、やはり本格的に人が多いのは四条の方らしく、ここはまだ人の勢いが無かった。  僕は一人で電車に乗るのは別に初めてではない。むしろ、東京の実家では習い事で一駅、二駅程度なら電車の乗り降りは日常茶飯事だった。  定期券を改札に通すときは一瞬、不安に思ったが、関東も関西も関係なく定期は使えるらしい。一安心したのも束の間、今度はやって来た電車の中のあまりの人の多さに圧迫感や恐怖心が襲い掛かってきた。ちょっとでも、油断したら踏み潰されてしまいそうだ。  京都らしい和風のアナウンスが鳴り、ドアが閉まる。僕は自分に (……一駅だから。……一駅だから) と心の中で言い聞かせた。すると、僕の居る場所の近くで会話が聞こえてきた。 「ねぇ、お姉ちゃん。お祭りで何買うの?」 「箸巻きの美味しい屋台があるって聞いたから、そこで食べよう。お財布、ちゃんと持ってるよね?」 「うん。首から下げてるよ」  ふと覗いてみると、僕と同い年くらいの男の子と中学生くらいの女の子がにこやかに話している様子だった。その二人の様子を見て、何故か目頭が熱くなった。何故だろう? 自分でもその理由ははっきりとは分からなかった。  気が付くと、自分の後ろにあったドアが開き、大勢の人が降りていく。ここが「四条駅」だということに気付いた。僕も大勢の流れに飲まれながら、電車を降りた。   3  四条駅を出ると、四条通は人で埋め尽くされていた。提灯がたくさん吊り下げられている大きな山鉾の下を何人もの観光客が談笑しながら歩いている。  僕はたった一人、周囲から取り残されたように感じた。 (取り敢えず、八坂神社の方に向かって歩いてみようかな……)  そう考えたが、道が人で覆われていて、何処に進めば八坂神社なのかが全く分からなかった。 プルルルルルルルルルル  鞄の中で突然、何かが震えた。取り出してみると、スマホが鳴っている。母親からの着信だと分かった。僕は急いで、母と連絡を取ろうとした。だが…… ガツンッ 「あっ!」  ガシャンと音がして、スマホが大勢の足の中に埋もれていった。一瞬のことだった。どうやら、前を見ていなかったので誰かとぶつかってしまったらしい。一言、文句を言ってやりたくなったが、この人ごみの中、犯人は既に姿を消した後だった。 (どうしよう……) 僕は心細くなった。スマホが無ければ、親と連絡が取れない。初めて来た京都という土地と人ごみのせいで、ここが何処だか分からない。八方ふさがりだ。僕は動けずに、その場にただ立ち止まっていた。こんな所に一人で来ずに、大人しくホテルで両親を待っているんだった……という後悔がじわじわと心の中に溢れてきた。 「あれ?凪じゃん」 急に聞き覚えのある声に話しかけられた。 顔を上げると、見知った顔が目の前にある。 「波子姉ちゃん!」  先程、話したと思うが、僕より7歳年上で大学一回生の波子姉さんだ。実家を離れていた時と、そんなに変わっていなさそうだ。 「久しぶりね。でも、どうして、こんな場所で一人で居るのよ?」  不思議そうな顔をする姉に事情を話すと、姉は思いっきり呆れたような表情を見せた。 「まったく……、あんたってば。ほら、私が一緒に付いて行ってあげるから。一緒に行くわよ」 「え?帰っちゃうの?」  僕は寂しかった。先程までは、ここに来たことを後悔したが、姉という見知った顔に出会った瞬間に何故か、この空間を離れるのが名残惜しくなった。不思議なことに、姉の周囲の空間だけ、何処か懐かしい空気が感じられた。  姉はふっと和やかに笑った。 「仕方ないなぁ。いいよ。適当に歩いていれば、お父さんやお母さんとも会うかもしれないから、お姉ちゃんと一緒に宵山、見て回ろう」 と言って、僕に手を差し伸べてくる。  温かく僕を包み込んでくれそうな姉の手を僕は優しく掴んだ。  
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