姉と巡る夏の宵山

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5  ここは何処なのだろう。かなり遠くの方でお囃子が鳴っているのは分かる。賑やかな雰囲気が排除された暗い路地裏は、ひっそりとした陰湿な空気を纏っている。  姉が連れてきてくれた路地には、古い雑貨や骨とう品が並べてある屋台とあんず飴や水あめ、りんご飴などが並べてある屋台があった。どちらも、提灯の灯りがかなり薄暗い。蝋燭の火と似たような明るさだった。 「いらっしゃい」  古めかしい着物を着たお爺さんが僕達に声を掛ける。僕は会釈し、姉もにこやかに微笑んだ。 「おじさん。私の弟にを案内してあげたいんだけど……」  姉の言葉に老人は頷いた。黙って、屋台に並べてある様々な品物の中から二つの品物を選んで、ひょいと掴んだ。 「小僧、手を出せ」  ドスのきいた声に驚き、僕は大人しく両手を出した。瞬間、何かが手の上に乗せられたのが分かった。おそるおそる見ると、葡萄を模った七宝焼きのアクセサリーが付いている、植物の蔓らしき物で作られたミサンガ。そして竹で作られた櫛の二つが掌の上に乗せられていた。  お爺さんは隣の屋台にも声を掛ける。 「おい、飴屋。彼女の弟が見物に来たんだそうだ。アレをやんな」 「はいよ!」  飴屋のおじさんは頭にねじり鉢巻きをしており、半被を着た若い男の人だった。大体の人が「お祭り男」と聞いてイメージしたら、こういう人を思い浮かべるだろうなという感じの人だ。 「はい、お待ち。ちゃんと持ってろよ」  飴屋さんは大きな薄紅色の飴をくれた。真ん中の紅色の果物に水あめが巻き付いている。一口舐めてみると、かすかな甘酸っぱさが口の中で蕩けた。すもも味だ。 「あの、お金は……」 僕が財布を取り出そうとすると、 「ここではお金はいらないのよ」 と姉が笑いながら言った。  姉に手を引かれながら、さらに裏路地を進んだ。急に姉が足を止めた。何だろうと思って前方を見ると行き止まりだった。いや、正確には行き止まりの先は壁では無かった。  大きな鏡が立てかけられていた。オレンジ色の街灯の仄かな灯りが光源となっており、僕と姉の姿を綺麗に映し出している。ひび割れている箇所が一つも無く、この世の物ではないような怪しげな雰囲気を纏わせていた。 「さっき、貰った物は持っているわね?」  姉の言葉に僕はミサンガと櫛を鞄の中から取り出した。すもも飴は手に持っている。姉は頷くと、次に 「財布の中も見せてもらっていい?」 と聞いてきた。僕は頷くと、姉に財布を渡した。姉は小銭入れの中を覗くと、 「ねぇ、この100円玉6枚を50円玉6枚と交換してくれないかな? 勿論、後でちゃんと返すよ」 と言った。後で返ってくるなら問題は無いし、僕は姉のことを信用していたから 「いいよ」 と答えた。  姉は僕の言葉を聞いて、ほっと安心したような表情を浮かべると 「じゃあ、一緒に行こうね」 と僕の手を引っ張り、。姉と一緒に僕の体も鏡の中へ、まるで底なし沼のようにずぶずぶと沈み込んだ。
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