姉と巡る夏の宵山

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6  鏡を通り抜けると、先程の薄暗い路地と同じ場所だった。だが、先程とは打って変わって、その路地にはたくさんの屋台と大勢の人が立ち並んでいた。 がやがやワイワイとお祭りならではの喧騒が一帯を包み込んでいる。    コンコンチキチン コンチキチン  宵山のお囃子が鳴り響き、提灯も京都市内中を照らすかのように明るく灯っている。 「いらっしゃーい! たこ焼き安いよー!」 「射的、良い景品揃ってるよ!」 「あそこの屋台、安いな。買ってくか」 「ねぇ~、あたし、あのぬいぐるみが欲しい~」 「一方通行でーす! ご協力、お願いしまーす!」  裏路地とは思えない程、あちらこちらでお祭り特有の声が聞こえる。 早速、何処かの店へ駆けだそうとした瞬間、姉に首根っこを掴まれた。 「ちょっと待って。大事なことを話すから、よく聞いててね」  姉の声はどことなく真剣だった。僕は黙って頷いた。 「まず、食べ物のお店は行っちゃ駄目。射的とか金魚すくいとか、遊ぶ系のお店だけにしておきなさい。あと、さっき貰った物、あるわよね? お代はそれで支払ってね。帰りたくなったら、お姉ちゃんにちゃんと言うこと。この約束さえ守ってくれれば、何時間でも居ていいからね」 (どうして、食べ物のお店はダメなんだろう?) と不思議に思ったが、僕は姉の言葉に大人しく従うことにした。首をコクリと縦に振ると、姉は優しい笑顔と柔らかな声で 「良い子だね」 と頭を撫でてくれた。  たこ焼きやお好み焼き、フランクフルトなどの良い匂いがするが、姉から食べ物はいけないと言われたので、まずは金魚すくいから始めることにした。  かき氷屋の隣に金魚すくいの屋台があったので、僕は駆け出した。姉も付いてきてくれる。 「一回、やらせてください」 とお店の人に声を掛けた。お店の人は甚兵衛を着た、おかっぱ頭の子供だったので驚いた。 「先にお代」 と言われたので、僕は財布からお金を出そうとして、ふと姉の言葉を思い出した。財布を出そうとしていたところを切り替えて、葡萄の七宝焼きが付いたミサンガを子供に手渡す。  子供は小躍りして喜び、ミサンガを手首に着けると、背後にあった籠から大きなポイを取り出して、僕に持たせた。テニスのラケットくらいの大きさだ。 (え……どういうこと……?)  戸惑いつつ、僕は足元の水槽にポイを少しずつ入れていった。途端に、理由が分かった。水槽の金魚は水槽に入っている内は小さいが、外に出した途端に大きめのフライパンくらいにまで大きくなるのだ。 「うわっ!」  思わず吃驚してしまい、ポイを取り落とす。金魚も一緒に地面へ落ちるところだったが、姉が水の入った器でキャッチしてくれた。どうやら、水に浸かると金魚は小さくなるらしく、器の中を見ると元の小さなサイズに戻っていた。落ち着いて見ると、赤い和金だった。 「もう一回、出来るよ」 姉はポイを指差した。確かに、溶け具合から、あと一回が限度かもしれないと思った。  僕は狙いを定めた。ポンプの近くに居る黒い出目金。それが僕の狙いだった。金魚がパクパクと水面から口を出す。呼吸を合わせる。今っ! ザバンッ と大きな音を立てて、黒の魚影がポイに収まった。素早く器に落とし込む。 「やったじゃん!」  姉が大喜びで僕に抱き着いてきた。器の中では赤と黒、二匹の金魚が慌ただしく泳いでいた。ポイはもう駄目なことが誰の目から見ても明らかな程、ぼろぼろの状態になっていた。  お店の子供はニヤリと笑うと、二匹の金魚を透明な袋に入れ、紐を付けて、僕の腕に通してくれた。 「ありがとう!」  僕がお礼を言うと、子供は笑ったまま手を振ってくれた。 7  もうしばらく先に行くと、今度はスーパーボールすくいがあった。 「やってもいい?」 姉に聞くと、姉は「いいよ」と優しく微笑んだ。 「それ、預かってあげるね」  僕の腕の金魚袋を姉が預かってくれたので、僕は心置きなく屋台に足を進めていった。 「すみません! 一回、お願いします」  屋台の人に声を掛けると、今度は姉と同じくらいの年のお姉さんだ。姉とは対照的に赤い浴衣を着ている。顔には大きな黒いマスクがあった。 「あれ、アンタ居たの?」 後ろから姉の声がした。店員さんも 「あれ?波子も来てたんだ。この小さい子、彼氏? あぁ、弟さんか。へぇ、来ちゃったんだ……」 と姉と話している。どうやら、姉がこっちに来て出来た友人らしい。 「弟君。ウチのスーパーボールは一すくいまで。気に入った物を1個だけ持ち帰れるからね」  店員のお姉さんの言葉に首を傾げる。地元のお祭りでは、そんなルールは無かった。京都が特別なんだろうか?  クスリと背後で姉が笑った。 「大丈夫よ。多分、一すくいで充分だから」 と笑いながら、水の入った器を手渡してくる。店員に渡されたポイは今度は普通の大きさだった。キラキラしたボールやアニメの主人公が描かれたボール、様々なボールが水槽の中をぐるぐると回っている。試しに端っこから適当に何個か、器に放り込んだ。  確認すると、目玉の書いてある白いボールとキラキラの青いボール、ピンク色の小さなボールが三個程、いや、違う。  僕は異変に気が付いた。今度は、器の中でボールが増えている! しかも、同じ種類だけじゃなく、違う種類のボールも次々と湧き出ていた。そろそろ、器から零れ落ちそうだ。 「選ばないと、どんどんボールが湧き出てくるよ」 と姉はこうなる事を知っていたかのような口ぶりだった。だが、この大量のボールの中から一つを選ぶのは難しい。だから、僕はこう言った。 「お姉ちゃんが欲しいって思ったボールにするよ」  僕の一言に姉も店員も驚いたようだった。  姉はスーパーボールの山が出来そうな器に手を入れると、 「私はコレがいいかな。ありがとね、凪」 と手に持ったボールを見せてくれた。店員も 「いいね。レア物じゃん!」 と褒めてくれた。  姉の手に入れたボールは、手のひら大の大きさで水晶のように透き通っており、キラキラと灯りを反射して煌めいていた。ビー玉のように傷一つなく、真ん丸だ。本当に水晶玉のようだが、手に持ってみるとちゃんとスーパーボールの感触だった。
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