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その家は、京都の市街地から程近い場所にあった。和装に身を包んだ四人を出迎える者はなかったが、真崎は気にした様子もなく敷地に足を踏み入れた。玄関へと入ることなく庭に続く飛石を踏む。
背の高い生垣に囲まれた日本家屋に、辰巳はどこか懐かしさを感じた。続くフレデリックは、さも興味深げに辺りを見まわして微笑んだ。
「素敵な庭だね」
「気に入って頂けて何よりです。奥に茶室がございますので、こちらへどうぞ。お足元にお気をつけくださいませ」
手入れの行き届いた庭を抜け、狭い躙り口を真崎が開けてみせた。
「どうぞ、お気をつけてお通りください」
辰巳が躙り口を抜ければ、先に入ったフレデリックを景次が迎えていた。
「適当に座ってくれてええで」
茶会といっても堅苦しい雰囲気は一切なく、景次の口調も普段のそれと何も変わらない。
「あまり気張らんと、ゆっくりしたってな」
「お気遣い痛み入るよ、カゲツグ」
辰巳とフレデリック、設楽の大柄な三人が揃えばさすがに手狭さを感じる茶室の中で、景次は慣れた手つきで茶を点てた。プライベートな茶会というのもあって、辰巳と設楽は足を崩したままだ。
「しっかし辰巳はんと設楽はんは随分と着物が様になっとりますなぁ」
何気ない景次の一言に反応したのは、もちろん自身の名が挙がらなかったフレデリックである。
「カゲツグ……? 僕も和服を着ているんだけどな?」
「あー……、フレッドはんは…なんというか…なあ……?」
助けを求めるような視線を向けられた真崎は、困ったような笑みを浮かべるしかなかった。
「まだ着慣れていらっしゃいませんし、そのうち馴染まれるかと……」
「せやせやっ、潤の言う通り、そのうち、なっ」
慌てて賛同する景次に苦笑を漏らし、辰巳はフレデリックの髪をくしゃりと撫でた。
「だから言っただろぅが。お前、自分のツラ考えろよ」
「っ……!」
言葉に詰まるフレデリックに、止めとばかりに辰巳はスマートフォンを取り出してみせた。カシャリと電子音を響かせ、画面を向ける。
「…………」
珍しく言葉のないフレデリックに軽く鼻を鳴らし、辰巳は袖の下へと端末を仕舞いこんだ。ただそれだけの仕草でさえも妙にサマになっている辰巳にフレデリックが歯噛みしたことは言うまでもない。
「しかしまぁ、設楽はんも辰巳はんも、なんやエライ雰囲気ありますなぁ。どこぞの極道の親分みたいや」
何気ない景次の一言に、奇妙な顔をする辰巳と設楽だ。慌てたのは、もちろん真崎である。
「景次……っ」
「ああ、すまんすまん。悪気はないんやで? 許したってなぁ」
ケラケラと屈託なく笑う景次に、辰巳はガシガシと頭を掻いた。次いで真崎を見遣る。
「お前、言ってねぇのか」
「申し訳ございません……」
視線を伏せる真崎に、辰巳は軽く首を振るだけだった。確かに、わざわざ告げる必要もない。
まあ、見抜かれていては隠す必要もないのだが。
「ガラが悪ぃって言いてぇのか?」
「そう怒らんといてぇな」
動かしていた手を止める景次に、辰巳は大仰に首を振ってみせた。
「まあ、あながち間違っちゃいねぇよ」
「極道さん?」
「ああ」
「設楽はんも?」
設楽へと目を向ける景次を嗜めたのは、真崎だった。
「景次、その辺にしておきなさい。失礼にも程がありますよ」
「ははっ、せやな。すまんすまん」
辰巳と設楽が極道だと知っても、気にした様子もなく再び手を動かしはじめる景次を、フレデリックがじっと見つめていた。
「お前、まぁたロクでもねぇこと考えてんじゃねぇだろぅな」
「まさか。景次は潤の友人だろう? それなのに僕が何かするはずがないよ」
「どうだか」
誰の友人だろうが知人だろうが、気に入らないとなれば排除しなければ気が済まない。フレデリックの性格を、辰巳は知っている。
俄かに不穏な空気を纏うフレデリックの膝へと無骨な手が乗った。
「利口にしてりゃあ、後で甘やかしてやるよ」
「本当に?」
「ああ」
短い返事にフレデリックの脳内はあっという間に辰巳との夜のことへとシフトした。
――着物の辰巳に抱いてもらうなんて、素敵だなぁ。
景次の言葉通り、和装の辰巳は普段とは違う魅力を醸し出している。
――ああでも、僕が抱くのも捨て難い……。
うっとりと旦那様を見つめるフレデリックに、辰巳が背筋を振るわせたことは言うまでもなかった。
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