そうだ、京都へ行こう!

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 真崎に案内されたのは、個室で人目を気にする必要のない部屋だった。そもそも朝食の時間には、些か遅い時刻でもある。  礼を述べたフレデリックへと、雪人の口添えのおかげで手配も容易だったと真崎は笑みを零した。辰巳が人の多い場所を好まない事は、設楽から真崎にも伝わっているのだろう。 「気を遣わせてしまってすまないね」 「いえ、辰巳様と尊が並んでいると、どうしても目立ってしまいますしね」  食事くらいはゆっくり楽しんでほしいと温和な笑みを浮かべる真崎から、フレデリックへと視線を移したのは辰巳だった。 「お前もちったぁ見習えよ」 「僕?」 「他に誰が居るってんだ。毎度毎度我儘放題しやがって」 「僕はいつでもキミの事を考えて行動してるじゃないか」 「ああ? どの口がほざきやがる」  呆れたように首を振る辰巳に真崎がくすりと笑う。 「フレッドは、辰巳様と楽しみたいばかりに強引になってしまうだけですよね」 「あぁん? 強引なんて可愛らしいもんじゃねぇよ」  辰巳がどれだけ渋い顔をしようとも、真崎の顔から笑みが消える事はなかった。  辰巳が真崎と顔を合わせる機会は少ない。雪人が真崎を伴って現れた際に時折顔を合わせる程度で、言葉を交わすのはこの旅行が初めての事だった。父親である匡成のツレである雪人とは顔を合わせる機会もあるが、匡成と一緒にいる時の雪人は大抵一人だ。真崎を伴っている事の方が稀だった。 「こいつ程我儘な野郎は見た事がねえ」 「それでも、辰巳様はフレッドを側に置いていらっしゃるじゃないですか」 「あぁん?」 「辰巳様はとても優しい方だと伺っております。それに、フレッドが我儘になるのは、それだけ辰巳様に気を許しているという事なのでしょう」  穏やかな笑みを浮かべたまま宣う真崎を辰巳が呆れた顔で見遣った事は言うまでもない。フレデリックの外面(そとづら)を思えば、真崎の反応も頷けてしまう。分かってはいても、どうにも釈然としない辰巳である。  片や設楽の方はといえば、どちらかといえば辰巳寄りの気持ちである事がその表情からは窺えた。真崎よりも遥かにフレデリックとの付き合いのある設楽は、フレデリックの本性を知っている。  ちらりと視線を寄越す設楽に苦笑を漏らし、辰巳は運ばれて来た食事へと手を伸ばした。 「親父、お茶です」 「おう」 「ちょっと尊? 辰巳の事は僕がするから、キミは手を出さないでくれるかな!」 「うるせぇんだよタコ。飯くらい大人しく食えねぇのかてめぇは」  太いがなり声とともに、金色の頭に拳が命中する。  僅かに下がった脳天を、フレデリックは大げさに両手で押さえて見せた。 「痛いッ」 「自業自得だろぅが」 「……僕以外に世話を焼かせるなんて…」 「世話焼くってんならガキの頃からだってんだよ。今更何言ってんだお前」  辰巳と設楽との付き合いは、かれこれ数十年に及ぶ。設楽の父親はこれといって役付きではなかったが、設楽自身は辰巳と年が近い事もあって学生の頃はそれこそ付き人のようにそばに控えては世話を焼いていた。  設楽が匡成の側近となったのは、辰巳が大学を卒業した後の事だ。  呆れ果てた辰巳の科白はもっともだったが、フレデリックがそんな事で引き下がるはずもない。 「キミは、僕よりも尊が良いって言うのかな?」 「たかだか茶のひとつでいちいち突っかかんな面倒くせぇ」  じろりと睨む辰巳の手から湯呑を奪い取ると、フレデリックは一息に飲み干した。ドンッと、些か乱暴に置かれた湯呑に辰巳は苦笑を漏らすしかない。 「分かった分かった、そんなに嫌だってんならさっさと新しい茶でも淹れてこい」  フレデリックの視線が設楽へと突き刺さる。心配そうな表情の真崎とは対照的に、設楽は軽く肩を竦めただけだ。 「いいかい尊、旦那様の身の回りの世話は”正妻”である僕の仕事だからね。これ以上の手出しは無用だよ」 「いいから早くしろ阿呆が。いつまで待たせるつもりで居んだてめぇ」  低い辰巳の声が響いて、フレデリックは設楽の目の前に置かれたティーセットへと手を伸ばした。フレデリックの外見に日本式のティーセットは些か違和感を醸し出していたが、もちろん当人がそんな事を気にするはずもない。  すぐさま目の前に置かれた新しい湯呑へと武骨な手が伸びる。まったく、どうしてこうつまらないことでムキになるのかと、辰巳は出汁巻き玉子を口に運びながらすぐ隣のフレデリックを見遣った。    ◇   ◆   ◇
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