占い師は終わらない

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「そこのアンタ。そうアンタだよアンタ。いやいや他に誰がいるのさ。ちょっとでいいからこっちへおいでよ。アタシが占ってあげるから」  ほんの気まぐれ気の迷い。  ぼうといつもと違う帰り道を歩いていると、見知らぬビル間から声がした。薄気味悪い年老いた女性の声。空耳でも幻聴でもない。光を拒絶した細い袋小路のその奥に漫画でしか見ないような占い露店が確かに呼んでいる。  汚いフードに隠れた目元。乾いたシワだらけの顔。  口を三日月のように薄く開き、枯れ木のような腕で「こっちへこい、こっちへこい」と手招きをしていた。  その魔法めいた怪しさに、運命の糸を手繰り寄せられ体が自然と向きを変える。  気が付けば椅子に座り、気が付けば老婆から目が離せない。 「ヒッヒッヒッヒ。アンタが最初のお客さんだよ」  毒のような苦みのある息遣い。 「アンタ名前は? あぁ、そうかい、いい名前だねぇえ」  頬を歪めてさらに口元を尖らせる。  露店のテーブルには水晶玉が一つ。  目を背けたくなるほどの鋭い光を反射する水晶玉。まるで心の奥底にまで届き、これまで覆い隠そうとしていた自分の醜い部分にスポットライトがあたるようだった。 「アンタもアタシも運がいい。互いに今日という日を迎えられた。さぁこの水晶玉に手をおいて念じてごらん。あぁそんな力む必要はないよ。優しくそっとだ」  冷たくて硬い、だけれど傷一つない正確な感触。  置いた手の上に老婆は手を重ね、何やら怪しげな呪文を唱え始める。 「おっと大切な事をいい忘れた。しっかりと目を閉じな。ん? あぁ心配ないない。煮るのも焼くのもこんな老いぼれにはできやしないよ。さぁ早く」  指示に従う。どの道それ以外に席を離れる方法はない。 「あぁ見える見えるよぉアンタの未来が……」  死ぬ直前のうわ言のようだった。 「アンタはこれから長い長い旅に出る。失う物も多いだろう。だが旅を終えさえすればきっと未来が開ける。あぁぁぁ旅の終え方は水晶玉に手を置かせることだ」  走る悪寒にゾッとする。  慌てて手を離すと目の前に自分がいた。 「違うよ。アンタがアタシになったのさ。入れ替わったんだよ」  か細い両腕に小汚いフードをかぶっていた。 「ありがとねぇ。これでアタシは自由だ。じゃぁアンタの身体と記憶は貰っていくから頑張って次の相手が見つかるまで占い師をやるといい。アタシは二〇年かかった。その前のヤツは六〇年とか言ってたな。じゃあな」  鼻歌響かせ去って行く自分。  老婆の身体は椅子から離れることができず、露店と一体化した生き物のようだった。  声を出した。しきりに手招きした。  しかし、誰かがこちらに気付いてくれることはなく、皆通り過ぎるばかりだった。
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