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波の音だけが時間の流れを告げていた。 ケンジは何も言わず彼女を見つめた。 彼女もそれに応えるように見つめ返した。 言葉など要らない。格好つけて言えばそうなるが、実際は次の言葉を探す脳の回路が焼き切れていただけだ。 駐車場の隅にたたずむ二人の前には夏の夕暮れに赤く染まった湘南の海が広がっている。どんな言葉もこの至福の瞬間を壊してしまいそうだった。 「うう、、、、」 目を開けたケンジはしばし茫然としていた。 薄暗い部屋はどこか病院の診察室だろうか。 固いベッドの脇に腰かけたまま、記憶がゆっくりと空白の前とつながっていく。 「なにか分かりましたか? 」 少し遠くのデスクから白衣の男性がケンジに声をかけた。退行催眠というのは催眠術を使って過去を追体験する作業である。そして催眠療法士である白衣の男の役目は、ケンジの過去の記憶を取り戻すことであった。 「あ、いや、、、  夢見てました」 「どんな夢でした?」 白衣の男は書類の上でボールペンを構えながらたずねた。 そう、夢だ。 ケンジは生まれてから今の瞬間まで、彼女と呼べるような関係の女性に心当たりがなかった。 ましてや夜の海を二人で眺めるなどというシーンは人生がどうバグったって見られるハズがないものだった。
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