あの夏

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 「おお! ふうまか!」  私はやっと意を決して電話をしたというのに、たけしはそんなことお構いなしに気さくに電話に出てくれた。覚えていてくれた嬉しさと気恥ずかしさが半々、思い出話に花を咲かせつつ近況報告をしあった。  聞けばたけしはあれから日本屈指の剣士になり、大きな大会で何度も華々しい成績を残しているという。本職は高校教師で、もちろん剣道を教えているそうだ。  ちなみにつとむは訪問販売員として才能を開花させ、社内業績ナンバーワンだという。それから嫁さんの尻に敷かれているというどうでもいい情報まで教えてくれた。  しかしたけしの口から出るのはつとむの話ばかりで、私はもどかしくなってきた。つとむの話を遮って、けんたの所在を尋ねてみた。 「けんた? 誰だそれ?」  たけしは素っ頓狂な声を上げた。私はしばらく返す言葉を失った。  それから思い出させようと、彼との思い出や特徴を説明してみたが、たけしはますます怪訝な口調になるばかりだった。受話器の向こうでも眉をひそめているのが分かる。極めつけに溺れた時の話をしてみたが、彼は驚愕のことを口にした。 「あの時、駆け付けた大人たちによれば、運よく岸に流れ着いただけだってよ。つとむが俺たちを見つけたらしいしな」  私は開いた口が塞がらなかった。
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