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1日目
『見てしまった』
重なるシルエットは、海に面した工場の光に浮かび上がって、実体よりも強い輪郭を描く。
『2人、キス、してる』
夜の帳が降りても、口づけを重ねる当人達の熱は止みそうにない。
昼の太陽に負けない彼等には、周囲など構わないのだろう。
2人から発する上昇気流は、こちらの事情もお構い無しに甘ったるく流れ込んでくる。
『何か、変な気分になりそう』
夏の夜は、どうしてこうも誘ってくるのだろう。
まとわりつくのは夏草が孕む湿気か、日中の火照りの残りか、剥き出しの素肌がべたつく。
『……気付かれてない、よね』
毛穴から吹き出す汗が、鎖骨や項にぷつぷつと咲く。
10メートルも離れていない至近距離で、気配を悟られないように木の陰に隠れている。恋人同士の時間に水をさすほど、気まずいものはない。
『邪魔しないようにしなきゃ』
(……多分そう思って慌ててるんだろうなぁ)
大木の前で萎縮する小さな背中を、後ろから俺は暢気に見つめていた。
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