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誰もいなくなったオフィスで、奈緒子は一人、受注伝票と発注表をキーボードの左右に分けてディスプレイに目を走らせていた。 時崎が辞めることは頭に入れて仕事をしてきたが、ある日突然長井が来なくなることは計算外だった。 時崎に新しい仕事は回せない。 だが、長井の穴埋めをやっているうちに、新しい仕事を営業がどんどん取ってくる。 とても業務時間内には仕事が終わらなかった。 「ーーーお疲れ様です」 その声に驚いて振り返る。 時崎がスーツの上着を突っ掛けて立っていた。 壁時計を見上げると、22時を過ぎている。 「こんな時間に、忘れ物?」 言うと時崎は笑いながら「ええ、まあ」と言って隣の席に座った。 「おかげさまで、来週から有給貰うことになりまして」 奈緒子は視線をディスプレイに戻しながら、 「ああ、ギリ半年たったから有給が発生するのね。10日間だっけ?」 言うと、 「ーーー白々しいですね」 椅子を回しながらこちらに垂直に向き直った時崎が、奈緒子のデスクに長い腕を置く。 「奈緒子さんが課長に言ったんでしょう。辞める人間がヘラヘラとオフィスにいると士気が下がるので、彼に有給取得させてくださいって」 (———課長め。こんなときでも自分は悪者になりたくないのか) 呆れながらキーボードの上で踊らせていた手を離し、時崎に視線を向ける。 「ーーー何か不満でもあるの?あなただって、もうやめる会社で働きたくなんかないでしょう? 有給貰えてラッキーじゃない。感謝されこそすれ、恨まれる筋合いなんてないけど」 昨日までの爽やかな笑顔はどこに消えたのか、男の目は顔に入れたただの切れ目のように、感情がなかった。
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