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4.
ポール・スミザースは地味でつまらない男に見える。中肉中背、ありふれた顔、JCペニーのスーツ。それがこの男の最大の才能だ。つまらない男は人目につかない。まさに探偵になるべくして生まれたと言っていい。
「新しい依頼ですか、ボス?」
声まで特徴がない。十回は会わないと、記憶に残らないだろう。
「例の定点尾行を試す、絶好のチャンスだ」
私が言うと、表情もあまりないポールが、珍しく目を輝かせた。「待ってました!」
私は依頼内容を説明した。木曜の夜、量子力学研究所を出たジョン・クローリィー博士のクルマを尾行し、行く先を突き止める。だが、バート・ペンズラーが手玉に取られた以上、普通の尾行では難しい。そこで、以前から温めていた新アイデア、定点尾行を試してみたいのだ、と。
通常クルマでも徒歩でも、尾行は複数で行う。同じクルマや人間が常に背後にいると、それだけ気づかれる可能性が高まるからだ。
配置の仕方には、バートも言ったように、いくつか方式がある。一番シンプルな直列式は、クルマなら例えばブラックのセダン、ブルーのRV、ホワイトのヴァンのように、色も車種も変え、間隔を置いて縦に連なって尾行する。そして適当なタイミングで、先頭のセダンがわざと道を逸れ、続くRVが先頭に出る。セダンは迂回して最後尾につく。次にまたRVも迂回してヴァンに譲る。これを繰り返せば、尾行される人間も同じクルマがずっとついてくる、という印象を持たない訳だ。
並列式も、FBI方式も、モサド方式も、基本はこの延長線にあるので、私はまったく違うアプローチの尾行技術を開発しようと思った。わが社の売りをつくるためである。したがっておいそれと他社が真似できないものでなければならない。
かくして考え出されたのが、定点尾行だった。
これは対象車が最初にどちらに向かうかが明らかな場合にしか使えない。まったく不可能ではないが、大量の人数が必要になってしまうのだ。また、クルマではなくオートバイを使用する。
まずバイクAはスタート地点には置かない。行く方向はわかっているのだから、その先にある最初の分岐点で待機すればいい。バイクB、C、Dは、そこを対象車が直進した場合、右折した場合、左折した場合に備え、各方向の次の分岐点に配置する。
さて、第一の分岐点を対象車が直進したとする。バイクAは残りのバイクにその旨連絡し、直ちにその場から移動する。CとDも移動する。Bだけがその場に留まり、対象車の通過を待つのだ。
Bがいる分岐点でも、複数の選択肢がある。可能性のあるその次の分岐点すべてに、バイクA、C、Dは全速で向かう。対象車が分岐点を通過する前に到着していなければならないから、かなり忙しい。そこで小回りの利くオートバイなのだ。もちろんライダーにも腕達者を揃える。加えてわれわれは地図アプリに独自のアルゴリズムを実装し、対象車の進路を入力すると、自動的に次の待機場所が各バイクに割り振られるようにした。情報伝達のスピードは電話を遥かに凌駕する。
こうして対象車の向かう先に、常にバイクが先回りし、どちらへ向かったかを確認するのだ。ずっと対象車の後をついて走るのではなく、定点で待ち伏せる。ゆえに定点尾行と名づけた。
ポールは、暴走族や白バイ警官出身者でチームを組み、練習を重ねてきた。
その本番が、いよいよ来たのである。
ポールは張り切って、木曜を待った。
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