3人が本棚に入れています
本棚に追加
5.
「失敗しただと?」
私は思わず吠えた。ポールは身を縮めて、「すみません」と言った。
金曜の朝、昨夜の首尾を聞くために部屋に呼んだのだが、うかない表情を見ただけで悪い結果は予想できた。だが、実際に彼の口から失敗という言葉を聞くと、私は改めて逆上してしまった。
「どういうことだ、ポール? バイクの先回りが間に合わなかったのか?」
「いや、それならまだわかります。こっちの練習不足だし。でも、そうじゃない」
ポールの報告は要領を得なかった。何度も質問を挟み、繰り返し話させて、ようやく私が理解したのは次のような事情である。
まず、ポールは初回ということもあって、十台ものバイクを用意した。最初の方向は東とわかっていたが、念のため研究所前に自ら張り込んだ。午後八時、博士のクルマが出てきて、東に向かった。ポールはその情報をスマホのアプリに入力した。時間も方角も、バート・ペンズラーの言った通りだ。
研究所は典型的な郊外の住宅地にある。整然と区画された広い道が碁盤目状に張り巡らされている。迷路のようなエリアではない分裏道もないので先回りには若干不利だが、バイクの機動力でカバーできるはずだった。
クローリィー博士のクルマは、紺のローヴァー。時速約40マイルという、制限時速内の穏やかな運転だ。ポールは交差点まで直接尾行した。博士が右折すると、そこで待機していた別のバイクからもアプリを通して「右折」の連絡が入る。同時にポールが次に行くべき定点が地図上に表示される。システムは問題なく稼働していた。
暫くは、順調だった。ローヴァーは頻繁に右折、左折を繰り返したが、チームは決して出遅れることなく、博士にも尾行に気づいた素振りはない。ルートを変えるのも単なる用心と思われた。
ところが、五つ目の分岐点をそろそろ通過する頃だった。
そこに待機しているバイクから、一向に連絡が入らないのだ。
おかしい、と思い始めた頃、突然スマホが鳴った。電話だ。
情報はアプリ経由でやり取りされるはずなので、ポールは驚いた。もしかすると仕事とは無関係の電話かと思いながら出たが、やはりそれは五つ目の分岐点で待機していた元モーターサイクルギャングの若者からだった。
『いつの間にか博士が右折してました!』
彼もまたローヴァーがなかなか現れないので不審に思っていた。それできょろきょろしていると、右手前方になぜかローヴァーのテールランプが左折するのを辛うじて見たのだと言う。
後で確認すると、決して居眠りをしていた訳ではなく、それこそ目を皿のようにして見張っていたのに、目の前の交差点を右折するローヴァーになぜか気づかなかったと主張した。また、人員に余裕があったので、その分岐点にはもう一台バイクが待機していたのだが、彼もまたローヴァーは来なかったと言ったそうだ。
ともあれ、もう先回りは不可能だ。
ポールは仕方なく、直接尾行を指示。自分もローヴァーが走っているはずの通りへ急行した。
最初のコメントを投稿しよう!