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そんな遠いひと夏の思い出――奇妙な記憶もすっかり忘れ去っていたある夜、私は再び彼と出会うことに。
就職が決まり都会に出て、すっかり余裕を失った日々。人間関係に疲れ果て、時間にばかり追われる毎日を過ごしている。女流作家になりたい――そんな私の夢も、いつしか葬り去ってしまっていた。
なんのために生きてるんだろう……そんな疑問さえも脳裏をよぎる。あまりのストレスに、ひとりベッドの上で涙をこぼす夜も多かった。そんなある蒸し暑い夏の夜、いつか感じたあの怪しい気配。おばあちゃん家での記憶が鮮明に蘇る。
「あっ!」
ふと視線を送ってみると、月明かりが人影を映し出していた。
目が慣れてくる。そこには見覚えのある絣の着物。身体が疲れ切っているせいか、不思議と恐怖を感じることはなく、むしろ懐かしさが私の身体を優しく包んだ。
「返しにきたよ」
あの日と同じように、彼は唐突に言葉を発した。
「えっ?」
「あの日、奪ってしまったキミの夢――返しにきたよ」モジモジしながら言った。
「小説家になりたかったんでしょ? いい夢じゃないか。もう一度、追ってみれば――」
「簡単に言わないで!」
相手が座敷わらしだということも忘れ、感情をぶつけてしまった。
彼はゴメンと、小さな声で謝った。
「ともかく、キミの夢はたしかに返したからね。もうボクは悪くないし、キミの前に姿を現すこともない。じゃあね」
あの日と同じく、瞬きをした次の瞬間、そこにはもう、彼の姿はなかった。
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