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「いや、でもさ、会社で捨てるのはちょっと……。せめて家に帰ってからにしたら? その、捨てるにしてもさ……」
そうだ、会社で捨てるのはマズイでしょ。
今日は私がゴミ当番だったから良かったけど、これがクッキーをくれた本人だったらどうするんだ、って話しだ。
「ですよね、いや、でも……」
松岡くんは反省してるのか、違うのか、悩んでいるのか項垂れてしまった。それから、下を向いたままぽつりと話し出す。
「高校の時、あったんですよ」
何が?――と声を出すのをぐっと堪えて、松岡くんがゆっくり話してくれるのを待った。
「女子が調理実習でお菓子作って……」
松岡くんの声のトーンが明らかに下がっていく。
「クッキーもらったんです……」
ここでもクッキーか、と思いながら続く言葉を待つ。
「それに、女子の髪が、……練り込まれてて」
「えっ!?」
私の声に松岡くんは顔を上げ、私と目が合うと困ったように苦笑する。それから人差し指をぐるぐると円を描くように動かす。
「丸いクッキーに、こう、渦を描くように……長い髪の毛が、練り込まれて」
「うわっ、それは……嫌だね。うん、トラウマになりそうだ」
「はい、それから手作りは、駄目で……。それから今度はGPSでも練り込まれたらと思ったら、もう家にも持って帰る事が出来なくなって……」
うわ……、これ重症だ。
松岡くんは毎晩悪夢にでもうなされているような疲弊した顔をしていた。
あまりに可哀想な気がしてきた私はそれ以上強く言う事も出来ず、仕方ない、と呟く。
「結城さんには悪い事をするけど、今日は何も見てない事にするよ」
そう言って私はダストボックスの蓋を開くと可愛くラッピングされた結城さんのクッキーを見ないようにして、持っていたゴミ袋を入れた。
感じる罪悪感。
一度だけぎゅっと目をつむり、ダストボックスと松岡くんに背を向ける。
「お疲れ様っ」
そんな私の背に松岡くんの、すみません、という低い声が貼り付いた。
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