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食べることは生きることなのです!
そもそも面接の時点で「あれ?」となったのです。リモートなのはコロナのせいだと一瞬自分を誤魔化したけれど、やっぱり無理。面接官みんな、黒ずくめで頭の尖った目出し覆面だったのまではまあコロナのせいってことで良いとしても、機械でボイスをチェンジしていた説明が、コロナではつきません。幾つかある画面の真ん中で一言も喋らなかった、一人だけ白ずくめの覆面がゲームマスターですね。絶対。
後日郵送されてきた採用通知が、真っ黒い封筒に赤のドクロマークだったのには、ちょっと笑いました。どこで売ってるんだよこれ、っていうね。不採用か不幸の手紙かだよねこれ、っていうね。
まあ、そんなわけで、このたびデスゲームの主催者側にうっかり就職しました。新卒社会人一年目の管理栄養士、小林菜々です。明日がゲーム初日ということで、会場となるこの廃校の厨房でこれから一緒に働く調理師さん二人と、今から最終ミーティングなのです。
「おはようございます」
「おう、来たな。栄養士先生よう、ちっとこれはまじぃんじゃねえのかい」
給食室の引き戸を開けるなり絡んできたべらんめえ口調のチーフ(江戸ではなく高知県出身)は、五十代の哲さん。都内の小学校で長年給食を作ってきたベテラン調理師です。自前のレシピを全く持たない新米栄養士の私にとっては、正に神! 哲さんが持ち込んでくれた学校給食の献立集が、今後の頼みの綱なのです。
「何か問題がありました!?」
「さっき、生徒名簿が下りてきやがったんだがよ、この、アズハールってなぁアラブじゃねえのか?」
「あー…… 生徒じゃなくて参加者と思いますが、そうかも知れませんね」
それで? みたいな顔できょとんとする私に、『ぴしっ』と哲さんのこめかみに青筋が立った。やばっ。怒ですね。
「そうかも知れませんね、じゃないですよ! 初回のメニューはカレーライスとフレンチサラダ、オレンジゼリーじゃないですか!」
哲さんの代わりに後方からキイキイとまくし立てるのは、アルバイトの太郎くん。十八歳と言うのだけれど中学生くらいにしか見えない、小柄で色白でちょっとかわいい。どういう経緯でか哲さんを「親方」と呼び、慕っている。
「豚肉、ハム、ゼラチン! 全メニュー豚絡みじゃないですか。アズハールちゃんがムスリムなら、ハラムですよ! ハ ラ ム!」
「あ……」
「あ、じゃないです!」
「太郎。栄養士先生にそんな口の利き方するもんじゃねえ。なあ、先生、もういっぺん校長んとこ行って、禁忌食材のある生徒とそいつへの対応食について確認してきちゃくれねえか。アレルギー、宗教の他に摂食障害てぇのもあるから気をつけな」
「はい! 校長じゃなくて主催者と思いますけど、すみません!」
「……なあ、先生。新人さんたあ言ってもよぉ、お前さんにゃ重たい責務があんのよ。ここの生徒全員に安心安全な食事を提供するっていうよ」
「はい……」
「食べるってなあ、生き物の基となる行為だろ? 生徒が全力で本分を全うできるよう、引っかかり無く整えてやるのが自分ら調理師の…… 大人の仕事じゃねえのか?」
哲さんの後ろで太郎くんが涙を流しながら、首が千切れんばかりにブンブンと頷いて拍手している。ちょっとウザい。……いやいや、今回は私の落ち度なのです。
「そうですね。食べることは生命の基本。生きることそのもの。私、考えが甘かったです。参加者の一人一人に寄り添い、食事の面から支え、一人一人が本分を尽くせるよう心を砕きたいと思います!」
言い切った私に力強く頷く哲さんを見て、『まあ、その「本分」って、殺し合いなんだけどね』という自分へのツッコミは飲み込むことにしたのです。
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