プロローグ

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プロローグ

 金髪を靡かせて楽しそうに走り、乾いた地面を蹴って宙に舞う。白い制服が風を切り、乱れることのない動作で着地した。 「聖域を囲う灼熱の壁(ムーロ・フィアンマ)!」  彼女の口から紡ぎ出された呪文が、一陣の風を防ぐ。ドーム状に展開された炎の壁が一瞬、彼女を見えなくさせる。  それに戸惑ったのは相手の少女だ。次はどこから現れて、どんな攻撃を仕掛けてくるのかがわからないからだ。  土にまみれた制服をはらう余裕もない。涼しい顔をした彼女を倒したい一心で、無理やり立っている状態だ。 「猛り狂う憤怒の鎌鼬(ヴォルテ・ティフォーネ)!!」  一か八か、炎壁を打ち破る魔法を唱える。土を巻き込みながら、回転する鎌鼬(かまいたち)が炎を消し去る。 「やった!」 「まさか、あれがあなたの全力じゃないでしょうね?」 「シエル!」  いつの間にか後ろを取られていた。少女は防御することが出来ない。驚愕の顔のまま固まった。シエルと呼ばれた金髪少女はすでに手を突き出していた。 「身を貫く華麗なる火剣(スパーダ・フオーコ)の舞!!」  細い火剣が少女の肩を掠め、制服が一部燃え尽きる。焼けた臭いが辺りに漂い、勝負は決した。起き上がらない少女に、シエルはニヤリと口角を上げる。 「この町で一番の魔法使い、だったわね」  その言葉に、少女はびくりと肩を揺らす。 「怖い? わたしが、怖いの?」  可笑しそうにシエルが言い、少女は顔を赤くした。 「……怖くなど」 「じゃあ、もう二度と勝負を挑めないようにしようか?」 「え?」  シエルは今日一番の笑顔を向ける。 「待ちなさい! シエル!!」  周りの人間が何を言っても気づかない振りをする。勝負というものは、戦いというものは甘くない。それを伝えようとしたのだ。  今後、勝負を挑まれたら面倒だからという理由だけで。 「体躯を抉る狂気の火焔(ヴォルテ・フオーコ)嵐!」  少女の身体が炎によって持ち上げられ、地面に叩き落とされる。動かなくなったそこにシエルはため息を零した。 「そんなもんか。あーあ、つまんない!」  吐き捨てられた言葉が風に混ざって消えていく。  グリューン町にやってきた火魔法使いシエル。彼女が町の有名人になるまで、そう時間はかからなかった。  シエル十二歳。今から約六年前の出来事だ。
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