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その時、一筋の流れ星が夜空を大きく横切るのが目に入った。
「あっ!」
咄嗟のことだったので、願い事も出来ないまま、光の筋は消えてしまう。
「流れ星だね。もう何日かしたらペルセウス座流星群が見られるけど、まだちょっと早いかな」
ホタルはそう解説しながら、ポンポンと膝を叩きながら立ち上がる。
「大きくなっても、ここで満天の星空を見れたらいいな。流れ星ははかない命だけど、ほとんどの星はいつまでも輝き続けるんだから」
太陽みたいな星はいつか燃え尽きてしまうって聞いたような気もするが、ホタルの言いたいことは分かる。この美しい光景をいつまでも見ていたい、ということだろう。そのとき、ホタルは誰と一緒にこの夜空を眺めるのだろうか。
「もしかしたら、あの星たちは、このビー玉が空に浮かんでるのかもしれないね」
ゆっくり開いた掌に乗った赤いビー玉をホタルに見せながら言う。我ながらとんでもない発想だ。
「うん。きっとそうだよ!」
笑いとばされるかも、と思っていたが、驚いたことにホタルは満面の笑みを見せて同意した。なんとも愛らしい微笑み。こんなものを独占しちゃっていいんだろうか、なんて思ったりもする。
◇
その後にどんな会話がなされたのかまではもう覚えていない。そんなこんなで私はホタルの通う小学校に転校し、二学期から通い始めた。ホタルのおかげで友達もすぐにでき、田舎ながら充実した青春時代を過ごせたように思う。
地元の高校を出た後、やはり地元で就職。ほどなく結婚した私たち夫婦は、私の実家で両親と暮らし始めたが、早い時期に二人とも亡くなってしまう。夫婦と息子の三人でそのままこの家で暮らしていたのだが、五年前、一人息子が中学に通う直前という時期に、私たちは東京へ引っ越した。
私が育った第二の故郷であるこの村も今では様変わりした。祭りが行われた神社も、奥の公園だったところも今は閉鎖され、ただの森と化してしまった。これも時代の流れであろう。
それでもホタルと一緒に見た星空は今でも変わりなく美しい。あれからどんどん夏の思い出を上書きしていった二人は、互いに惹かれ合い結ばれることになったわけだが、あの初めての夏の思い出だけは一生忘れることはないだろう。
初めて出会ったとき、女の子の格好をさせられ、アイドルの歌を無理矢理歌わさせられるほど可愛かった夫も、今では歳相応に貫禄のあるいい男になっている。夫であるホタルの仕事の関係で、この地を離れることになってしまったが、二人の思い出の地への愛着はいつまでも変わらない。
赤く輝くビー玉を、私はそっとポケットに入れた。
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