風鈴

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祭りでもないのに男子大学生が1人で 風鈴を持って散歩しているとは いかがなものかと思ったが、 凛子が嬉しそうなので我慢することとした。 自転車で近くの川辺に向かった。 あたりは日が落ちて、 人々は帰路に着く頃だ。 夏の暑さもこの時間には流石に和らぐ。 「川で何するの。」 「凛子ちゃんに見せたいものがあるんだ。」 しばらく川辺に腰掛けて待っていると、 暗闇に微かな光が次々と灯り始めた。 「わぁ、これ蛍だよね。初めて見たよ。」 興奮した様子でその場に立ち上がり、 くるくると回り始めた。 颯太がここに来るのは、 初めてでは無かった。 昨年の夏に友人と訪れたのだ。 実家では頻繁に見ることができたが、 まさか関東で見ることができると 思っていなかったので、 嬉しかったのを憶えている。 なんだか幼少期に戻ったような、 懐かしい気持ちになれるのだ。 「喜んでくれてよかった。」 「結局私のために来てもらっちゃったね。」 「いや、僕もまた来たいと思ってたから。 ひとりで見てても虚しくなるだけだし、 一緒に来てくれて良かったよ。」 昨年の一度きりしか訪れていなかったのは、 単純に行く人が居なかったからだ。 「ここは颯太くんの特別な場所なの。」 「そうだね。」 「じゃあ凛子以外の女の子は 連れて来ちゃダメだからね。」 「え、どうして。」 「どうしてって...」 珍しく饒舌な凛子が言葉を詰まらす。 「颯太くんはまだまだだなぁ。」 この時にはまだ凛子の言葉の意味が よく分からなかった。
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