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朝陽が昇り始め、空が白んでいく。
「もう朝……」
「結局、今日は誰も来ませんでしたね。よくあることなんですけどね」
ラフ男子と一緒に誰かを驚かせることもなく、ただ雑談するだけで終わってしまった。
でも、今日のことはきっと良い思い出になるだろう。
変なバイトがこの世にあることを知ることができた。
そして何より、この人に出会うことができた。
辛い過去も自分のコンプレックスも前向きな力に変えている、こんな人に私もなりたい。
「それじゃあ、僕はそろそろ上がるね」
「あ、はいっ。お疲れ様ですっ」
まるで私まで本当にバイトをしているみたいな返事をしてしまった。ラフ男子も同じことを思ったのか、「ふふっ」と優しく微笑んだ。
「そうだね、またいつか。良かったら君もバイトに参加してね」
「はいっ!」
そうだ。
まずはこのバイトから初めてみよう。憂さ晴らしとしてではなく、誰かのために。
ちょっとずつでいいから、自分を変えていこう。
「あ……ふぅ」
心のつっかかりがとれたら緊張も解けて、欠伸が出てしまった。男の人の前で恥ずかしい、と感じて思わず顔をくしゃっとしぼめてごまかした。
「……あれ?」
その瞬間、人の気配が消えた。
音もなく、あの人はその場から完全に消え失せていた。
「え……?」
もしかして。
あの人って本当に幽霊だった?
いやいや、「良かったらバイトに」って言っていたじゃん。
でも、あの人は一言も生きている人がするバイトとは言っていないし、自分の生死を明言していなかった。それに足があって血色が良いから幽霊じゃないと判断したのは私だ。
それなら「またいつか」というのは。
……ああ、そういう意味か。
「……ごめんなさい。やっぱりバイトは無理です」
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