母の故郷にはネコがいる

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 キョウコさんが私を見て描いた絵は、とても私とは思えなかった。そもそも、人の形すらしておらず、植物のように見える。 「どう?」  服を着てソファーに座った私の隣に来たキョウコさんは、スケッチブックを私に手渡して首を傾げた。 「よく、わからないです」 「あらあ、素直なのね」  キョウコさんは私の無粋な感想を非難することなく楽しそうに笑った。まるで私のすることならなんでも嬉しそうに褒めてくれた母のようで居心地が悪い。キョウコさんの顔をまじまじと見てみると、そこまで似ているわけではないのに。 「どうかしたの?」  私の視線に気が付いたのか、彼女が首をかしげる。 「猫みたいですね」  先ほど考えていたことではなく、今持った感想を口に出す。 「ニャアオ、なんて」 「よく似合ってます」  やる気なく猫の物まねをしたキョウコさんはやはり母に似ている。 「ねえ、もっと他のこと考えていたでしょう?」 「どうしてわかるんですか?」 「わかるわよう、大人だもの」 「大人になったら、人の心まで読めるんですか?」 「スミちゃんは、何歳?」 「十七です。高校二年生」  若いのねえ、と目を細めたキョウコさんの手が私の指先に伸びる。まるで恋人にするように指を絡めて、彼女は口を開いた。 「それで、さっき考えていたのはどんなこと?」  キョウコさんの手は冷たい。  そればかり考えて、彼女の質問が頭に入ってこない。繋いだ手は冷たいのに熱を持っているようで、私の心臓が指先に移動してきたみたいだ。 「何か良くないことかしら?」  両手を絡めとられて、彼女から目がそらせなくなる。形のいい唇が弧を描いて私に答えを促す。 「母に……」  私が話始めると、キョウコさんが目を細める。アイシャドウのグラデーションが綺麗で、絵を描く人は化粧も上手なのかなんて関係のないことを考えた。 「母にとてもよく似ていて」 「あたしが?」 「あの、歳とかは違うんですけど、雰囲気とかが……って、何を言ってるんでしょうね。母もこの島の出身だから、空気感が一緒なんですかね」  吐息のかかりそうなほどの距離に恥ずかしくなって早口で誤魔化そうとすると、キョウコさんは繋いだ手に力を込めた。 「お母さん、名前は?」 「え? ユイカです。結ぶに花で、結花」 「今はおうちにいるのかしら?」 「いえ、五年前に他界して……」 「そう。死んじゃったのね」  キョウコさんの言葉はとても軽いものだったけれど、他のどんなお悔やみの言葉よりも重たく聞こえた。 「ここは母の故郷なので、一度でいいから来てみたくて」 「お母さんと来たことはなかったの?」 「終末みたいな場所よ、が母の口癖で。連れてきてもらえなかったんです」 「そうだったの、じゃあ今はお母さんに内緒で夏休みの逃避行ってとこかしら」 「何から逃げるんですか?」 「現実とか? 進路とか? そうね、スミちゃんを困らせる全部のものから逃げてきたのよ、きっと。それって素敵なことよ」  素敵だろうか、そう考えようとした思考はキョウコさんの唇に吸い込まれた。比喩ではなくて、物理的に。近いなあと思っていた距離は気付いた時にはゼロになっていて、柔らかい感触と少し高い体温を感じる。 「大丈夫?」  呼吸を忘れた私の顔を覗き込んで、そんな風に聞くものだから一気に顔に熱が溜まる。 「な、なにして」 「ねえ、スミちゃん。その逃避行、あたしも参加させてちょうだい。逃げたいことがたくさんあるの」  ファーストキスだった。  キョウコさんの年齢も知らない。    何をしている人なのかも知らない。  そもそも同性だ。  もしかしたらすごくきれいな女装かもしれないけれど、仮にそうだとしても今日あったばかりだ。 「一週間、だけですよ」  いろいろ考えていたはずなのに、キョウコさんの真っ赤なグロスが移った口から出たのはそんな言葉だった。
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