母の故郷にはネコがいる

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 ニャアと鳴いたのはなぜだろう。  本物の猫とは程遠い、甘ったるい声。私を呼ぶように手招きして見せたキョウコさんは、元から猫みたいな吊り目をさらに細くしてもう一度ニャアといった。 「どうしたんですか?」  立ち上がってキョウコさんの座っているソファーに向かうと、彼女は私のスペースを埋めるように体を横たえる。 「それじゃ座れませんよ」 「座らなければいいじゃない」 「人間の言葉、喋れるようになりましたか」  キョウコさんの顔の前にしゃがんでそう言うと、彼女は先ほどまでの遊びを思い出したのか小さく舌を出した。 「スミちゃんには猫語じゃ伝わらないみたいだから。人間に進化したのよ」 「猫からですか?」 「うーん、退化かもね」  そう言ってケラケラと音がしそうな笑顔を浮かべたキョウコさんが私の首に手を回す。 「学校、やめてここに住めばいいじゃない」 「そういうわけにはいきません」 「わかってるわよう」  キョウコさんは子供のようにグズグズと駄々をこねて言葉を続ける。 「でもスミちゃん、明日帰っちゃうんでしょう?」  いいえ、帰りません。  そう言ってしたり顔をすれば彼女はいつもの余裕そうな笑みを少しは崩してくれるだろうか。 「ええ、朝一の船で」  私の首に顔を埋める彼女の表情は見えない。
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