これも一つの生誕なり

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 盆の事故は本当に多い。誰も彼もが浮かれていて、自分から死に向かって駆け込んでいることに気が付かない。たった四日間。その一日たりとも我慢ができずに生者も亡者もあちらこちらで事故を起こす。だからご先祖様の霊団体はこの四日間で一日たりとも休みがない。三界全てで、おそらく一番忙しいのが彼らだろう。  その、四日目。最後の休日だと特に大人たちは遊びのエネルギーを全力で使いつぶす日。  海は盆の事故の定番だ。海面を埋める黒山の人だかり。あれだけ人がひしめけば、遊ぶも何もないだろうに、まだまだ人は増えていく。 その中に幾人亡者が混じっていても生者は気づかない。  子を呼ぶ親の声が眼下から聞こえて、土方の指示で空から何人かが馬ごと海面に突っ込んでいく。  「新人は戦うことよりまず見ることを覚えなさい。ほら、また一人消えた」  この四日間、優斗とずっと茄子の馬に二人乗りだった五月が教えてくれる。多少物騒な力の持ち主だが、五月は面倒見がいい。  確かに黒山の中からあちこちで人が海に引きずりこまれている。今頃海中では生者の足にしがみついた亡者と隊員たちが戦っている最中だろう。  「ていうか、なんでサラリーマンやら主婦が普通に戦えてるんすか」  つい今しがた海中に飛び込んだのは、フライパンを掲げたエプロン姿の女性だ。隊の中では結構強い方になる。昭和に亡くなったとかで、隊歴も長いらしい。  「家族を現世に残していたりすると強いよ、特にその家族が関わる時は。死者は肉体の束縛が関係ないからね、守りたいって思えばめっちゃ強い」  「漫画みたいな? 想いの力でってヤツ」  「そうそれ」  言っておいてなんだが、なぜ平安時代の人間が漫画を理解しているのだろう。彼女は結構俗っぽいところがある。  あの世の霊魂は、誰もがこうやって現世で広く亡者と戦っているわけではない。盆でもあの世に留まる者も多いし、地上に戻っても親族とだけゆったり過ごす者もいる。  卜部季武を総長に、彼が率いるご先祖様の霊団隊メンバーだけが各隊に分かれてお盆で現世の見回りを行っているのである。優斗を団隊に誘ったのは五月だ。ちなみに五月が団隊に加わっているのは、曰く「卜部ってぬけてるし」。生前なにかあったらしい。    「五月さんはなんで俺を誘ったんすか?」  突然の質問に、五月は優斗を振り返って首を傾げた。  「だってきみ、死んでも死にたいって顔してたから。あの世に来た人間ってあとくされないんだよね、成仏できているだけに。珍しいじゃん、きみみたいなの。  私さ、生前はあの亡者みたく生者に仇なす側の人間だったんだ。目指すは国家転覆! てね。  でも一応改心して、あの世にいけた。したらなにもないんだもん、つまらないじゃん。  あれだけ現世で暴れ回った私がだよ?  せっかく卜部が面白そうなことしてたし、ついでにもっと面白いものとか珍しいもの見つけたら、とりあえず声かけるでしょ?  きみも大暴れするといいよ。そしたら少しはその薄ら暗い顔もましになるでしょ」  滝夜叉姫はかの平将門の娘で、その敵討ちのため妖力を得て朝廷の陰陽師と激戦を重ねたとされる。彼女の言う大暴れはなかなか物騒そうだ。    「やっぱ家族のためって強くなれるもんすか」  先程海に突っ込んでいった主婦、目の前の五月。残していった家族のため、逝ってしまった父のため。  「なれるよ。私は父が大好きだったもの」  五月のことは嫌いじゃないけれど、多分わかりあえることはないだろうなぁ…と優斗は思う。彼女には悪いがこの団隊は今年を最後に辞退しよう、と心の中でそっと決めた。  海中では相変わらず人が消えている。生者のライフセイバーが人々を押しのけながら進んでいるが、その動きは鈍い。こうやって毎年人が死んでいくんだなあ、なんて思ってしまう。  死んだ者は、あの世に来るのだろうか。そして残してきた家族を想うのだろうか。  「おい、ボートが沖に流されてるぞ!」  土方の声がした。眼下の人だかりから大きく離れてビニールボートが一隻、確かに沖の方へと流れている。こんな人に埋め尽くされた海でよくもまあ嵩張るボートなど浮かべられたものだ。よほど厚顔無恥な人が乗っているのだろうな、と優斗が思った頃には跨った馬が駆け出していた。慌てて前に座る五月の腰にしがみつく。背後の同僚を置いてけぼりに、かなりのスピードが出ていた。彼女の高揚が触れた着物越しに伝わってくる。  「見ているんじゃなかったんすか!?」  「ボートごとだなんて、大物の予感よ!」  ボートはよくあるO型。青色の家族用でそこそこ大きい。その縁に無数の亡者がしがみついて、どんどん沖へと運んでいるのが見えた。ボートの上では取り乱す母親、怒鳴り散らす父親、泣きさけぶ娘――ああ。  そこにいたのは、優斗の家族に他ならなかった。
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