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「人が死ぬ瞬間、自分の目で、見たことなかっただろ」
言葉とは裏腹に獅乃の声はとても優しかった。
「うん……」
滝坂はそう言いながら、嗚咽をこらえようと、唇を噛む。
「耐えられない痛みを背負うな」
「どの口が言ってんのよ」
滝坂は声を震わせながら、毒づいた。
「ああ、そうだな。だが……お前のそんな顔、見ていたくないんだよ」
獅乃は自分に呆れるように、溜息を吐きながら言った。
「また皮肉……」
呆れながら獅乃の顔を見上げた滝坂は、言葉を飲み込んだ。
獅乃は皮肉じゃないと言わんばかりの、不服そうな表情を浮かべていた。
その表情から真意を察した瞬間、滝坂の目に涙が浮かんだ。
「なによ。言いたいことを全部言えってこと?」
「ああ」
「そうしてもいいけど、その前にちょっといい?」
「うん?」
「肩、痛いんだけど?」
「悪かった」
滝坂に言われて初めて、肩をつかんでいる手に力を込めすぎたことに気づいて、力を抜いた。
「本当に獅乃なの?」
滝坂は目に涙を溜めたまま、くすくすと笑う。
「俺は俺だよ。笑って誤魔化そうとするな」
獅乃は溜息混じりに言いながら、独り言のような小さな声で本音が口をついて出た。
それが聞こえたらしい。滝坂は笑みを引っ込めて、くしゃくしゃに顔を歪めた。
「こんなに胸が痛くなる事件は初めて」
獅乃は素直に話してくれたことに安堵しつつ、静かな声で話を続けた。
「どの現場も酷かった」
「ええ。最初はただただ怖かった。津田の自宅を見て、永井が自分のいいように他人を動かそうとしていて、限度を知らないんじゃないかと思ったの」
獅乃はうなずいて、目で先を促した。
「佐藤さんの話を聞いてから、罪を犯したと理解していないとも思えたわ。それが信じられなかった……。人の目があると分かっているのに、犯行を続けられるのですら頭にくるのに! あんなふうに自分の命を使わなくたっていいじゃない! 死ぬことに必死になるなんて、どこまで逃げれば気がすむのよ! 命を弄ぶなんて、私は赦さない!」
滝坂はそう怒鳴りながらも、彼女の双眸からは涙が流れていた。
「本当に、その通りだよ」
獅乃は言いながら、トントンと肩を軽く叩いた。
滝坂が泣き止むまでそっと寄り添った。
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