第二章 獅乃の異変

22/26
前へ
/137ページ
次へ
 滝坂はコーヒーを二口飲んで、最低だと言わんばかりに表情を歪めて、溜息を吐いた。 「その程度の嫌がらせに津田は動じなかった。それに苛立ったんだろう、永井の行動はエスカレートしていった。最初はちょっかいを出す程度だったが、仕事の出来がよく、自分よりも高い給料をもらっていることを踏んで、何度か店で奢らせたり、彼の家に強引に上がり込んで、本人の前で平気で文句を言うこともあったそうだ。  ……おい、そんな顔するな。俺だってこんなこと言いたくはない」  言葉を呑み込んだ獅乃は、  ――そんな男、絶対に嫌。  と言わんばかりに、頬を引き攣らせている滝坂を睨んだ。 「お前の気持ちは分からんでもないが。殺害の動機は嫉妬かもしれない」 「ねぇ、こうも考えられない? 憧れてはいたけれど、素直になれなかったとか」  カップを置いて身を乗り出してきた滝坂に、獅乃は冷たい視線を向ける。 「なんだよ、その……」  言うのも嫌なのか、獅乃は苛立ちながらマグカップを置いて頭を掻いた。 「恋愛でありそうな、好きだけど、ときにはそれが憎しみに変わるってこと?」  言いにくいことをサラッと口にする滝坂を不思議に思いながらも、不機嫌そうな表情のままうなずいた。 「今のところは、津田への嫉妬ということにしておきましょう。それで、佐藤さんのことについてだけど」  滝坂はそのときの光景を思い出すかのように遠い目をした。
/137ページ

最初のコメントを投稿しよう!

57人が本棚に入れています
本棚に追加