第二章 獅乃の異変

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「廊下と部屋を隔てるように、両腕を広げて膝立ちをした彼を見ました。痛みを我慢しているかのようで、歯を食い縛っていました。もうなにが起こっているのか分かりませんでした。ただ目が離せないまま、しゃがみこんでしまいました。服はあちこちが破けていて、血が出ているところもありました。床にも血が広がっていました」  声を絞り出すようにして一気に喋っていたが、ここで深呼吸をする。  彼女の膝の上に置かれた手には、涙が零れ落ちていた。 「彼の呻き声と鈍い音がずっと続いていました。よく見ると、彼の背後にいる誰かが、なにかを振り上げては下ろしていたんです。その度に、床の血が広がっているような気がしたんです。このままだととても嫌なことになる。そう思った私は、彼に向かって手を伸ばそうとしました。ですが、まったく動けませんでした」  最後の一言には自嘲が込められていた。  佐藤が、顔を上げて滝坂に視線を向けた。  涙に濡れているにもかかわらず、とても幸せそうで、けれど、それと同じくらい悲しそうな笑みだった。  その表情に驚愕する滝坂をよそに、彼女は言葉を続けた。 「……〝大好きだ〟と。唇の動きだけでしたが、痛みを忘れたかのように、笑ったんです。まるで、〝今さら、こんなこと言ってごめん〟と言っているようでした。次の瞬間、ギラリと光るなにかが、彼の首に刺さったのでしょう。彼はそれを抜かれた後、前に倒れたきり、動かなくなりました」  滝坂は震えている彼女の肩に優しく触れる。 「ありがとうございました。必ず、犯人を捕まえますからね」  静かながらも優しい声音で、そう告げた。 「お願いします。……人に触れてもらったのは、久し振りな気がします。滝坂さん、とても、温かい手をしていますね」  そう言いながらも、彼女の涙は止まらなかった。 「あの……ひとつ、頼みを聞いてもらえませんか?」 「はい。なんでしょう」 「思いっきり……泣いていいですか。うるさいかもしれないですけど」  とても申し訳なさそうに、そして、これ以上普段通りに話せないと訴えるような目をしていた。
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