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視線に気づいた獅乃は、今にも泣きそうな滝坂を見て、ゆるりと首を振った。
気にするなと言いたいのだろう。けれど、そう簡単にはうなずけない。とても遣る瀬無い表情を浮かべていたのだから。
――そんな顔すんじゃないわよ。
自分が疲れ果てている。それすら気づけなくなってしまったこの男に。疲れ果てているのにもかかわらず、それでも仕事を優先させるこの男に。
そう言いたかった。けれど、本心とは別のことを口にしていた。
「獅乃」
「なんだ?」
「素直になることは、あなたが思うほど、悪いことじゃないわ」
滝坂はできるだけ軽い口調になるよう、意識しながら言った。
「そういうもんか?」
嫌な思いを振り払うように首を振った獅乃は、不機嫌そうな顔をして頭を掻く。
「少なくとも私はそう思ってる」
滝坂はそう断言した。
「聞き込みにいくか」
そう言う獅乃のスマートフォンが震える。
スマートフォンを取り出して確認すると一通のメールが届いていた。
その文面を読み進めていくうちに、獅乃の横顔から血の気が失せていく。
「……お前のスマートフォン、録音できるか?」
低い声を聞いた滝坂は、なにかあったのだろうと察し、努めて静かな声で言った。
「できるわよ」
「じゃ、準備してくれ。説明は後にさせてもらうぞ」
「準備できた」
コクンとうなずき、スマートフォンを膝の上に横向きに置いた後、滝坂が言った。
「合図するから、そのタイミングで録音開始な」
滝坂がうなずいたのを確認してから、獅乃はスピーカーに切り替えて、電話をかける。
応答音が聞こえるとすぐに、空いた手で指を鳴らした。
録音が始まったことに、ひとまず第一段階は突破したと安堵している彼の耳に、声が聞こえてくる。
用意していた質問をぶつけた。
「穣か。どういうことだ?」
『もうバラしてもいいかなって思ってさ』
穰は普段通りの軽い口調で言いのける。
「……具体的に。俺の予想が外れていてはダメだろう?」
獅乃はできれば認めたくないと思っていたが、そういうわけにもいかないようだ。
内心は穏やかではないが、平然を装って、静かな声で告げた。
『だな。じゃ、ちょっと長話になるけど、始めっか』
相変わらずの口調で、穣は自らの秘密を語り始めた。
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