第三章 知られざる過去が明るみに

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「千鶴……!」  惨劇などなかったと思わせるかのような不気味な静けさの中、鬼柳のともすれば聞き逃してしまいそうなほどの声が、穣の耳朶を打った。  鬼柳はその言葉を最後に、彼女をさらに抱きしめる。  その頬から、涙が音もなく流れているのに、果たして彼は気づいているのだろうか。  透明な涙が、左頬についていた血と混じり、紅い涙となって流れていることに気づいているのだろうか。  そんなこと、気にしているわけがない。そもそも、目前で人が刺されているショックの方が遥かに大きい。  鬼柳が血の涙を流しているのを見て、彼の心も同じように血を流して痛みを訴えているのかもしれないと思えた。  穰はそれが悲しいとは思えず、余計に興味をそそられた。  悪い光景ばかり目にしたはずだが、穣の横顔にはイイものを見たといわんばかりの嬉しそうな笑みが刻まれていた。 「なに考えてんだ。……お前は」  衝撃の事実に、獅乃はそれだけしか口にできなかった。重要な話を大したことでもなさそうに話してしまう穣に背筋が寒くなった。 『って言われてもね~。俺もわけ分かんなかったんだよ?』 「どうして、笑っていられた?」 『これは後から分かったことだから、正しいかどうか分かんない。人って精神が壊れると、実の妹でもあっさりと殺せるんだなって思うと、なんか面白くてさ。ときどき思い出すんだけど、そのたびにそう思っちまうんだ』 「……」  獅乃はかける言葉が見つからず、押し黙る。 『それと、人の心が壊れていくのを、もっと見てみたいと思ってた』  軽い口調とは裏腹に、獅乃の心を大きく乱す一言であった。 「……一度で充分だろ。切るぞ」  獅乃は冷ややかに告げた。 『待てって! まだ言ってないことがあるんだよ!』  慌ててそれを止めた穰に、獅乃は不機嫌そうに顔を歪めて、先を促した。 「なんだ」 『幼馴染の最期についてだ。あの子は、最期にお前の名前を口にした』 「なぜ、それを……」  獅乃は動揺を抑え込みながら、言葉を発した。 『お前が固まってたときに、起こったことだからさ』  憶えていなくて当然だった。獅乃は返す言葉がない。
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