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序章 怒り
「どうしたものか……」
黒のセダンに乗り込み、獅乃鬼柳は溜息を吐く。
ジャケットのポケットに右手を突っ込み、シルバーのジッポライターを取り出す。
右手でふたを開け閉めする。そのたびにカシャカシャと音が鳴る。これは彼の癖だ。
――天気ぐらいよければ、少しはマシなんだがな。
そう思いながら、運転席から見える薄暗く狭い駐車場を眺めた。
別のことを考えていても、仕事を辞めようかという想いが、頭から離れずにいた。
懐に入れていたスマートフォンが震え出した。
相手を確認してから、電話に出る。
「珍しいな、お前が電話をしてくるなんて」
『開口一発が、珍しいって……。 そこは久し振りじゃねぇの?』
やっぱりそういうとこ変わらねぇな、と言って笑う気配がする。
声の主は高校時代の元同級生であり、友人の咲野穣だ。卒業後は、何度か連絡を取り合っていた。
「それで、なんの用だ」
『仕事、なにしてんの?』
「警察官」
『っていうと、お巡りさん?』
「私服警官。あとは自分で調べろ」
『ケチ! 教えてくれたっていいじゃねぇか』
くわっと牙をむいて、突っかかっている穣の光景が鮮やかに浮かんできたので、思わず頬を緩める。
「ガキかお前は。階級、所属している課なんか、言ったって分からないだろ?」
それを悟られないよう、溜息混じりに告げた。
『まあな~』
先ほどまで反発していたのが嘘のように、あっさりと認めた。
「穣はなにをしているんだ?」
『ちょっと規模のでかいとこで営業してる。しかし、お前はすごいよ』
その言葉を受け、獅乃は眉間にしわを寄せる。
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